菖蒲(あやめぐさ)を詠んだ歌3
巻18-4089: 高御座天の日継とすめろきの.......(長歌)
標題:獨居幄裏、遥聞霍公鳥喧作謌一首并短謌
標訓: 獨り幄(とばり)の裏(うち)に居て、遥かに霍公鳥(ほととぎす)の喧(な)くを聞きて作れる謌一首并せて短謌
原文:高御座 安麻能日継登 須賣呂伎能 可美能美許登能 伎己之乎須 久尓能麻保良尓 山乎之毛 佐波尓於保美等 百鳥能 来居弖奈久許恵 春佐礼婆 伎吉能 可奈之母 伊豆礼乎可 和枳弖之努波無 宇能花乃 佐久月多弖婆 米都良之久 鳴保等登藝須 安夜女具佐 珠奴久麻泥尓 比流久良之 欲和多之伎氣騰 伎久其等尓 許己呂都呉枳弖 宇知奈氣伎 安波礼能登里等 伊波奴登枳奈思
よみ:高御倉(たかみくら) 天の日継と 天皇(すめろぎ)の 神の命(みこと)の 聞こし食(を)す 国のまほらに 山をしも さはに多みと 百鳥(ももとり)の 来居て鳴く声 春されば 聞きのかなしも いづれをか 別きて偲はむ 卯の花の 咲く月立てば めづらしく 鳴く霍公鳥(ほととぎす) あやめぐさ 玉貫くまでに 昼暮らし 夜渡し聞けど 聞くごとに 心つごきて うち嘆き あはれの鳥と 云はぬ時なし
万葉集 巻18-4089
作者:大伴家持
意訳:高御倉にあって天下を受け継ぐ日嗣の天皇たる神の命がお治めなされる国の、その秀でた国土には山はたくさんあると、いろいろな鳥が飛び来て鳴く、その声は、春になると聞いていて、愛しいことです。そのどれが良いかと聞き分けて愛しむ。卯の花の咲く月になると、新鮮に鳴くホトトギスの声を、菖蒲の花を薬玉に貫く時期まで、昼は一日中、夜は一晩中聞くけれど、聞く度に、気持ちが動いて感動し、興味が尽きない鳥だと、声を挙げない時はありません。
左注:右四首十日大伴宿祢家持作之
注訓:右の四首は、十日に、大伴宿祢家持の之を作る
巻18-4101: 珠洲の海人の沖つ御神に.......(長歌)
標題:為贈京家、願真珠謌一首并短謌
標訓:京の家に贈らむが為に、真珠(しらたま)を願(ほり)せる謌一首并せて短謌
原文:珠洲乃安麻能 於伎都美可未尓 伊和多利弖 可都伎等流登伊布 安波妣多麻 伊保知毛我母 波之吉餘之 都麻乃美許等能 許呂毛泥乃 和可礼之等吉欲 奴婆玉乃 夜床加多古里 安佐祢我美 可伎母氣頭良受 伊泥氏許之 月日余美都追 奈氣久良牟 心奈具佐余 保登等藝須 伎奈久五月能 安夜女具佐 波奈多知波奈尓 奴吉麻自倍 可頭良尓世餘等 都追美氏夜良牟
万葉集 巻18-4101
作者:大伴家持
よみ:珠洲(すす)の海人(あま)の 沖つ御神に い渡りて 潜(かづ)き取るといふ 鰒玉(あはびたま) 五百箇(いほち)もがも はしきよし 妻の命(みこと)の 衣手の 別れし時よ ぬばたまの 夜床片凝(かたこ)り 朝寝髪 掻きも梳(けづ)らず 出でて来(こ)し 月日数(よ)みつつ 嘆くらむ 心(こころ)慰(なぐさ)に 霍公鳥(ほととぎす) 来鳴く五月(さつき)の 菖蒲草(あやめくさ) 花橘に 貫き交(まじ)へ 蘰(かつら)にせよと 包みて遣らむ
意訳:珠洲の海人が沖の御神の島に渡って、潜って取ると云う、アワビ珠を、たくさん、たくさんも欲しい。いとしい妻である貴女の衣の袖を分かちて別れた時から漆黒の夜の床は当時を留め、朝に寝乱れ髪を掻き梳かず、部屋から出て来て、別れからの月日を数えて、嘆いているでしょう。その心を慰めるために、ホトトギスが飛び来て鳴く五月の菖蒲草と、花橘とを共に薬玉に貫き交え蘰にしなさいと、アワビ珠を包んで贈りたい。
左注:右五月十四日大伴宿祢家持依興作
注訓:右は、五月十四日に、大伴宿祢家持の興に依りて作る
巻18-4102: 白玉を包みて遣らばあやめぐさ花橘にあへも貫くがね
巻18-4116: 大君の任きのまにまに取り持ちて.......(長歌)
標題:國掾久米朝臣廣縄、以天平廿年、附朝集使入京、其事畢而、天平感寶元年閏五月廿七日還到本任。仍長官之舘設詩酒宴樂飲。於時主人守大伴宿祢家持作謌一首并短謌
標訓:國の掾久米朝臣廣縄、天平廿年を以ちて、朝集使(てうしふし)に附(つ)きて京(みやこ)に入り、其の事畢(をは)りて、天平感寶元年閏五月廿七日に本任(ほんにん)に還(かへ)り到る。仍(よ)りて長官の舘に詩酒の宴(うたげ)を設けて樂飲す。その時に主人(あるじ)守大伴宿祢家持の作れる謌一首并せて短謌
原文:於保支見能 末支能末尓々々 等里毛知氏 都可布流久尓能 年内能 許登可多祢母知 多末保許能 美知尓伊天多知 伊波祢布美 也末古衣野由支 弥夜故敝尓 末為之和我世乎 安良多末乃 等之由吉我弊理 月可佐祢 美奴日佐末祢美 故敷流曽良 夜須久之安良祢波 保止々支須 支奈久五月能 安夜女具佐 余母疑可豆良伎 左加美都伎 安蘇比奈具礼止 射水河 雪消溢而 逝水能 伊夜末思尓乃未 多豆我奈久 奈呉江能須氣能 根毛己呂尓 於母比牟須保礼 奈介伎都々 安我末河君我 許登乎波里 可敝利末可利天 夏野能 佐由里能波奈能 花咲尓 々布夫尓恵美天 阿波之多流 今日乎波自米氏 鏡奈須 可久之都祢見牟 於毛我波利世須
万葉集 巻18-4116
作者:大伴家持
よみ:大王(おほきみ)の 任(ま)きのまにまに 執り持ちて 仕(つか)ふる国の 年の内の 事かたね持ち 玉桙の 道に出で立ち 岩根踏み 山越え野行き 京辺(みやこへ)に 参(ま)ゐし吾(わ)が背を あらたまの 年往(ゆ)き還(かえ)り 月重ね 見ぬ日さまねみ 恋ふるそら 安くしあらねば 霍公鳥(ほととぎす) 来鳴く五月(さつき)の 菖蒲草(あやめくさ) 蓬(よもぎ)蘰(かつら)き 酒宴(さかみづき) 遊び慰(な)ぐれど 射水川(いづみかは) 雪消(ゆきげ)溢(はふ)りて 逝(い)く水の いや増しにのみ 鶴(たづ)が鳴く 奈呉江の菅の ねもころに 思ひ結ぼれ 嘆きつつ 我が待つ君が 事終り 帰り罷(まか)りて 夏の野の さ百合の花の 花咲(はなゑみ)に にふぶに笑(ゑ)みて 会はしたる 今日を始めて 鏡なす かくし常見む 面(おも)変りせず
意訳:大王の任命のままに職務を執り持って仕える国の、一年間の事務を総括して、立派な鉾を立てる官道に出で立ち、岩根を踏み、山を越え、野を行き、都に参上した私の大切な貴方を、年の気が改まる、一年が行き還り、月を重ね、貴方に会えない日が多くなり、恋しいと思う身は気が休まらないので、ホトトギスが飛び来て鳴く五月の、菖蒲草や蓬を蘰として、酒宴に遊び、気持ちを慰めるのだが、射水川の雪解の水が溢れて、流れ逝く水が、一層に増していくだけで、鶴が鳴く奈呉江の菅の、その言葉のように、ねもころに、思いを結んで、嘆きながら、私が待つ貴方は、都での事が終わって、こちらに帰るために都を罷り、夏の野の美しい百合の花が花咲くように、にこやかにほほ笑んで、姿を私に会わせます、その今日を始めとして、鏡を眺めるように、このようにいつも会いましょう。面変わりをすることなく。
左注:同閏五月廿八日、大伴宿祢家持作之
注訓:同閏五月廿八日に、大伴宿祢家持の之を作る
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