瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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 李賀の「蘭香神女廟」を取り上げよう。
 蘭香神女は、杜蘭香ともいい、捜神記などに登場する仙界の女性で様々な物語が伝わっている。
人間のところに嫁にくる話や、貧しい猟師の元に童女としてやってきて育てられ美しく成長した時に天界に去るという物語もあり、かぐや姫のモデルとも言われている。
 唐の詩人の李賀の詩に詠まれた神女は気ままに知人の所を訪ねたり、音楽と美酒も楽しんだりと自由に天空をかけている。神女廟は李賀の生地昌谷(現・河南省洛陽市の西約50km)の女几山(じょきさん)にあって、まずはじめの十句は廟への道中と廟のあたりの風景が描かれる。
35574588.JPG 蘭香神女は、気侭に巫山(四川省巫山県にある山)の瑤姫(ようき)を訪ねたり、洞庭の江君(湘蛾、即ち舜帝の二妃のこと)のところに遊びに行ったりと、音楽と美酒もふんだんに楽しみ、自由に天空をかけてめぐる。そのいでたちは、高い髷にくもの巣のように細かい髪がまとわり、花の形を顔に張る化粧をする、まさに唐代の女性なのである。失意と絶望の中で、病身をかかえての李賀のこと、自由気ままに羽ばたいてみたいという強い要望を持っていたらしく、このように自由に空を飛ぶ神仙に憧れていたのだろう。

蘭香神女廟(上)
  古春年年在  古春(こしゅん)   年年(ねんねん)在り
  閑緑揺暖雲  閑緑(かんりょく)  暖雲(だんうん)に揺(ゆ)らぐ
  松香飛晩華  松香(かんば)しく  晩華(ばんか)を飛ばし
  柳渚含日昏  柳渚(りゅうしょ)  日を含みて昏(くら)し
  沙砲落紅満  沙砲(さほう)に落紅(らくこう)満ち
  石泉生水芹  石泉(せきせん)に水芹(すいきん)生ず
  幽篁画新粉  幽篁(ゆうこう)   新粉(しんふん)を画(えが)き
  蛾緑横暁門  蛾緑(がりょく)   暁門(ぎょうもん)に横たわる
  弱蕙不勝露  弱蕙(じゃくけい)  露に勝(た)えず
  山秀愁空春  山秀(ひい)でて  空(むな)しき春を愁う
〈訳〉 春は昔から  年ごとに巡ってくる
    暖かい雲が  緑の草木をのどかに揺らす
    松は香ばしく  遅咲きの花は舞い散り
    日を受けて   柳は渚に暗い影をさす
    砂や小石には 紅の花が散り敷き
    泉の岩には   芹が生えている
    茂った竹林は  描いたように白い粉を吹き
    緑の山々は   夜明けの廟門の前に横たわる
    か弱い蕙草は 露の重さに耐えられず
    山は高く秀で  ひと気のない春を愁えている

蘭香神女廟(中)
  舞珮翦鸞翼  舞珮(ぶはい)   鸞翼(らんよく)を翦(き)り
  帳帯塗軽銀  帳帯(ちょうたい)  軽銀(けいぎん)を塗(ぬ)る
  蘭桂吹濃香  蘭桂(らんけい)  濃香(のうこう)を吹き
  菱藕長莘莘  菱藕(りょうぐう)  長く莘莘(しんしん)たり
  看雨逢瑤姫  雨を看(み)ては瑤姫(ようき)に逢(あ)い
  乗船値江君  船に乗りては江君(こうくん)に値(あ)う
  吹簫飲酒酔  簫(しょう)を吹き  酒を飲みて酔い
  結綬金糸裙  綬(じゅ)を結ぶ  金糸(きんし)の裙(くん)
  走天呵白鹿  天に走りて白鹿(はくろく)を呵(か)し
  遊水鞭錦鱗  水に遊んで錦鱗(きんりん)を鞭(むち)うつ
〈訳〉舞の衣には   鸞鳥の羽根を切ったような環珮
   帳の紐には   銀粉が薄く塗ってある
   蘭桂の香は   濃い香りを放ち
   菱や蓮の根   お供え物の絶える日はない
   雨を見ては   巫山の瑤姫と逢い
   船に乗っては  湘水の女神と会う
   簫を吹き     酒を飲んでは酔い
   金糸の裙には  綬が結んである
   天を走る時は  乗用の白鹿を叱咤し
   川で遊べば   錦の鯉に駕して鞭打つ

蘭香神女廟(下)
  密髪虚鬟飛  密髪(みつばつ) 虚鬟(きょかん)飛び
  膩頬凝花匀  膩頬(にきょう)  凝花(ぎょうか)匀(ひと)し
  団鬢分珠窠  団鬢(だんびん)  珠窠(しゅか)に分かれ
  濃眉籠小唇  濃眉(のうび)   小唇(しょうしん)を籠(こ)む
  弄蝶和軽妍  蝶を弄(ろう)する 軽妍(けいけん)を和(わ)し
  風光怯腰身  風光(ふうこう)   腰身(ようしん)に怯(きょ)なり
  深幃金鴨冷  深幃(しんい)   金鴨(きんおう)冷やかに
  奩鏡幽鳳塵  奩鏡(れんきょう) 幽鳳(ゆうほう)塵(ちり)す
  踏霧乗風帰  霧を踏(ふ)み   風に乗じて帰れば
  撼玉山上聞  玉(たま)を撼(うご)かして山上に聞こゆ
〈訳〉濃い黒髪で   結い上げた鬟を風が吹き抜け
   両頬の臙脂は  咲き匂う花のようだ
   両鬢の頬には  珠のような笑靨(えくぼ)が浮かび
   濃い眉の下に  小さな唇がおさまっている
   戯れる蝶は   女神のあでやかさに似つかわしく
   辺りの景色は  女神の物腰にかなわない
   奥の幃の陰で  金鴨の香炉は冷え
   奩の中の鏡は  鳳凰の模様に塵が積もっている
   霧を踏み  風に乗じて帰るときは
   山上では  珮玉の揺れる音が聞こえるという
 

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無題
はじめまして。わたしはまだ23歳の若造で、知らないことが多いのですが、祖父母や祖父母世代の人が大好きで、ぜひこれからはこちらのブログを読ませていただきたいなあと思います。中学や高校の時は習い事や勉強に忙しく、ちゃんと本を読むことがなくて、なかなかきちんと読み取ることはできないかもしれないのですが、何かを得られたらと思います。更新楽しみにしています。
日本や中国の古典はおくぶかいですよね。高校のとき以来触れていないのですっかりわからなくなってしまいましたが、またきちんと勉強したいなあと思います。
菫乃青 URL 2011/07/14(Thu) 編集
コメントありがとう
 何処のどなたか存じませんが、コメント有難うございます。
 まあ、とりえのない糞爺の戯言ですがこれからもよろしくね。
 メールも下さればとてもありがたく存じます。
  sechin@nethome.ne.jp
 【2011/07/15】
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