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 万葉集巻五に「松浦河に遊ぶ序」という一文があります。

 序も後続の歌も大伴旅人か山上憶良の作と言われていますが、いずれにせよ、作者は肥前国東松浦郡玉島川の景勝を仙境に見立て、そこの美女と相聞歌を交わすという『遊仙窟』模倣の跡著しい趣向を試みています。

 歌序、続いて歌という形式においては、歌序の詞句を踏まえて歌が作られます。
    松浦川 川の瀬光り 鮎釣ると 立たせる妹が 裳の裾濡れぬ
                      萬葉集巻五 855
   (松浦川 川瀬光り輝き 鮎を釣る 乙女子の裳裾が 濡れいる)
 佐々木信綱(1872~1963年、日本の歌人・国文学者)の『評釈』に「清らかな松浦川の瀬は、娘子の姿をうつして光るばかりである。娘子は赤裳の裾の水に濡れるのも忘れて釣りを垂れてをる。まさに一幅の画である」と言います。
 川の瀬が光っているのは、「河水が早く流れて波立つので光るのではありません。「鮎のさ走る光」でもありません。歌序に示された美女の「光るばかりの容姿」を映して光っているのです。「光るばかりの容姿」、漢文の序には「光儀」と書いてあります。
 「光儀」は中国の詩文に典拠を持つ熟字です。「松浦河に遊ぶ序」の作者はこの熟字を使って美女の容姿を「光儀無匹(たぐひなし)」と表現したのです。「松浦川 川の瀬光り 鮎釣ると……」という歌詞の方から逆に推測を加えますと、作者は歌序の「光儀」をヒカルスガタと翻読していたとも考えられるのです。「儀」一字で十分スガタと読めるのです。院政期の辞書「類聚名義抄(るいじゅみょうぎしょう)」に明記されている古訓であり、『万葉集』にもスガタと読まねばならない「儀」が数例あります。

 同時に『万葉集』には。「光儀」二字をもってスガタとよまれた例が、十一例あると言います。
原文  外目毛 君之光儀乎 見而者社
    吾戀山目 命不死者
      [一云 壽向 吾戀止目]
訓読  外目にも 君が姿を 見てばこそ
    我が恋やまめ 命死なずは
      [一云 命に向ふ 我が恋やまめ] 
        作者不詳  万葉集巻十二 2883
現代語訳
    遠目にでもあなたの姿を見たならば私の恋も静まるでしょう。
    それまでにこの命が絶えていなかったら・・。
※一説に、下の句は「命に向かふ我が恋止まめ」で、命がけの私の恋もおさまるだろう、の意となります。

原文  吾妹子之 夜戸出乃光儀 見而之従
      情空有 地者雖踐
訓読  我妹子が 夜戸出の姿 見てしより
      心空なり地は踏めども
        作者不詳  萬葉集巻十二 2950
現代語訳
    妻がこそこそと夜に外出する姿を偶然見てしまった
    それからというもの私の気持ちは上の空で足は地につかなくなった
 かつて、『万葉集』の「光儀」について、「儀」一字だけでは姿の美しさを表すの物足りないと感じた万葉人が特にその美しさを「光」ていう文字によって捕そくした、多分に意識的な「文学的用法」なのだと説明されたこともありました。姿の美しさを「光」の字で示したかったという心理はわかるのような気がしますが、「光儀」という字面自体は中国の熟字であって、万葉人の着想とは言い得ないのであります。


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松浦川
 万葉集の「松浦河に遊ぶ序」の光儀に関する記述を興味深く読ませていただきました。私が佐賀県唐津の赤十字病院に在籍していた頃ですから、平成15年(2003年)だと思います。両親や叔父さんと玉島川河畔にある「飴源」という鮎や川蟹食べさせる川魚料理店に行ったことこと覚えておられるでしょうか。そんなに大きな川ではありませんが、今の時代でも鮎が名物料理として有名です。あの頃は両親もとても元気でした。当時のことも懐かしく思い出しました。
中公房 2017/08/20(Sun) 編集
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目高 拙痴无
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1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


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