瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
蘇洵の「詩論」は現代でいう詩論ではない。『詩経』の効用についての議論である。蘇洵は儒家の基本的経典である『六経』のそれぞれについて独特の議論を展開した(易論・礼論・楽論・詩論・書論・春秋論)。これはそのなかの一篇である。かれの六経論は本文にも見られるように「礼」を軸として展開され、伝統的でオーソドックスな経典解釈に無い独特なものを含んでいる。そして作者の意図の如何に拘わらず、支配者側の立場が生々しく語られている。
人が欲するものの中には、命よりもさらに好ましいと思うものがある。そして腹立ち・無念さ・恨み・怒りなどため、己の死を顧みない者がいる。かくて「礼」という手段もゆきづまる。
礼の法則によれば、「好色は行ってはならない。人の臣下として、人の子として、人の弟としては、その主君・父・兄にうらみを持ってはならない」という。
天下の人々が、みな色を好まず、その主君・父・兄をうらまぬようになれば、それこそ「善」というものではないか。人々の感情が、すべてあっさりとして邪念を持たず、穏やかで物柔らかになり、そのことにつとめるようであれば、天下もよく治まるはずである。しかし、人の感情はみながそうなれるものでもない。色を好む心が、人を内側からつき動かし、批判と不満の気持ちが、人を外部から攻め立てて、燃え上がるように次々と起こって、損得を顧みず、死ぬまでやめようとしない。
ああ、「礼」という手段の有効範囲は、死生の問題にまでは及ばない。世間の事で、生命をかけるほどでないものならば、人はあえて死を冒してまで「礼」の法則にそむこうとはしない。ところが、人の好色と批判・不満の心とは、勃然と内側から起こり、これは生命をかけてもよいと思うのである。そして己を詩の境地においているのだから、死か生かという転機は、もとよりすでになくなっている。生か死かの天気がなくなっておれば、「礼」の手段としての意味もないといえよう。しかるにこせこせと意味の無い「礼」をかかげて、人に無理強いをすれば、混乱はいよいよひどくなり、「礼」はいよいよ後退しよう。
いま私が人にこういったとする、「あくまでも色を好んではいけない。あくまでも主君・父・兄をうらんではならない」と。
その人は結局私の言葉に従って、その心中にもつ感情を忘れようとするだろうか。それはできないであろう。その人が「礼」の法則をそのまま使い得ないからには、結局は全て打ち棄てて顧みないようになるだろう。わが「礼」の法則が全て打ち棄てて顧みられぬようになれば、人の好色とその主君・父・兄をうらむ心とは、あふれあふれて極限が無くなってしまうだろう。そして妻をとりかえ人妻を盗む異常事や、その主君・父・兄を殺す禍根事は、逆に必ず天下に横行することになろう。
聖人はこれを心配して、こういわれた。「人の好色を禁じて、淫乱に至らしめ、人の主君・父・兄へのうらみを禁じて、反逆に至らしめる、その禍は人をあまりにひどく責めることからおこるのだ。好色を絶ち切らず、うらみを禁じないならば、その人はかえって世を乱すまでには至らないだろう」
だから聖人の方法は、「礼」に厳格で、「詩」に融通性をもたせたのである。
「礼」にいう、「あくまでも好色であってはならぬ。あくまでも汝の主君・父・兄をうらんではならぬ」と。
「詩」にはいう、「色を好んでも、淫乱に迄派なるな。汝の主君・父・兄をうらんでも、反逆するまでにはなるな」と。
厳格さで天下のすぐれた人たちに期待し、融通性で天下の凡人たちを守ったのだ。
私の見るところでは、「詩経」の国風の詩は、みずみずしくたおやかだが、結局はすじを通しており、色を好んでも淫乱にまではならぬものである。小雅の詩は悲痛で非難をこめてはいるが、君臣の情は結局棄てる忍びず、うらんでも反逆にまでは至らぬものである。
だから天下の人々は、それを見てこういっている。「聖人は当然のこととして、われわれが色を好むのを許し、われわれが自分の主君・父・兄をうらむのを、お咎めにならぬ。われわれに色を好むのを許されれば、淫乱にならなくてもすむ。われわれが自分の主君・父・兄をうらむのを咎められなければ、彼らがわれわれを虐待しても、われわれははっきりと非難し、はっきりとうらみ、天下の人々にはっきり知らせれば、わがうらみもはっきりはけ口が得られる。はんぎゃくしなくてもすむのだ」
そもそも聖人の掟に背いて、自分から淫乱・反逆に身を投げるのは、決断が無ければできぬことである。決断のはじめは、耐え切れぬことからおこる。人は自分で怒りに耐え切れぬようになって、初めて無理にその身を棄ててしまうものだ。だから「詩」の教えは、人の感情を耐え切れぬまでにさせぬ所にある。
そもそも橋が舟より安全であるとするのは、橋が存在しているときこそそういうのだ。ひどい洪水がやってくれば、橋はかならず壊れるが、舟は必ずしもつぶれるとはかぎらない。だから舟は、橋のたらぬ所を助けるためのものだ。
ああ、「礼」という手段が、その判りやすさのゆえに行き詰まったときには、「易」がある。後世の人が信じなくなって行き詰まったときには「楽」がある。人に無理強いして行き詰まったときには「詩」がある。ああ、聖人の物事への配慮は、何と行き届いたものであろうか。
この記事にコメントする
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
93
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
sechin@nethome.ne.jp です。
sechin@nethome.ne.jp です。
カレンダー
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
最新コメント
[enken 02/23]
[中村東樹 02/04]
[m、m 02/04]
[爺の姪 01/13]
[レンマ学(メタ数学) 01/02]
[m.m 10/12]
[爺の姪 10/01]
[あは♡ 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター