瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
東坡志林 巻一 憶王子立
僕在徐州、王子立、子敏皆館於官舍、而蜀人張師厚來過、二王方年少、吹洞簫飲酒杏花下。明年、餘謫黃州、對月獨飲、嘗有詩云:「去年花落在徐州、對月酣歌美清夜。今日黃州見花發、小院閉門風露下。」蓋憶與二王飲時也。張師厚久已死、今年子立復為古人、哀哉!
〔訳〕《王子立を憶う》私が徐州にいたとき、王子立(おうしりゅう)・子敏(しびん)がいずれも官舎に下宿していた。そこへ蜀の人張師厚(ちょうしこう)が訪ねてきたので、まだ若かった王氏兄弟は洞簫〔どうしょう、尺八のようなもの〕を吹き、杏の花の下で酒を飲んだのだった。その翌年、私は黄州に流され、月に向かって独り飲み、こんな詩をつくった。
去年 花落ちて徐州にあり
月に対して酣歌し清夜を美(よみ)す
今日黄州に花の発(ひら)くを見る
小院 門を閉す 風露の下
これらは王兄弟と飲んだ時のことを思い出して作ったのである。
※徐州は今の江蘇省銅山県、蘇軾は煕寧10(1077)年、徐州の知事となって来任し、元豊2(1079)年まで在任、翌3年、黄州に流された。
月夜(げつや)客と杏花(きょうか)の下(もと)に飲む <蘇東坡(そとうは)>
杏花簾(れん)に飛んで 餘春(よしゅん)を散(さん)ず
明月(めいげつ)戸(こ)に入りて 幽人(ゆうじん)を尋(たず)ぬ
衣(い)を褰(かか)げ月に歩(ほ)して 花影(かえい)を踏(ふ)めば
炯(けい)として流水の 青蘋(せいひん)を涵(ひた)すが如し
花閒(かかん)に酒を置けば 清香(せいこう)發(はつ)し
爭(いか)でか長條(ちょうじょう)を挽(ひ)きて 香雪(こうせつ)を落とさん
山城(さんじょう)酒薄く 飲むに堪(た)えざらん
君に勸(すす)む且(しばら)く吸(す)え 杯中(はいちゅう)の月
洞簫(どうしょう)聲(こえ)は斷(た)ゆ月明の中(うち)
惟(た)だ憂(うれ)う月落ちて 酒杯の空(むな)しからんを
明朝(みょうちょう)地を捲(ま)いて 春風(しゅんぷう)惡(あ)しくば
但(ただ)だ見(み)ん綠葉(りょくよう)の 殘紅(ざんこう)を棲(す)ましむるを
〔訳〕すだれにはらはらとふりかかる杏の花びらに、のこりの春の散らされてゆく今宵――
戸口からさしこむ明月が、世をわびて住まう主の客人(まろうど)となった。
庭に歩み出た私は、思わず衣のすそをかかげて、地上にちらついている花影の中に踏みこんだ。
その影はあまりにくっきりと鮮かで、青い浮草が、
流水のひたひたとよせる波にもてあそばれているさま、さながらであったからである。
杏の樹の花かげに酒を汲めば、酒から清らかな香りが漂ってくる。
なにも杏の樹の長い枝を手でたわめて、香りたかい雪のような花弁を杯中に落すことはない。
それにしても山あいのまちの酒はうすくてお口にあうまいから、
君にはまあ杯中の月を飲んでいただこう。
(洞簫を吹いていた兄弟も杯をとった)洞簫の音がぴたっとやんだ。
あとに残るのは、しらじらとさえわたる月光ばかり。
そうだ、いずれ月も落ち酒杯も傾けつくすときがくる。
その時味わわねばならぬ空しさが今から気がかりだ。
明朝、春につきもののいとわしい強風が、砂塵をまきあげて吹きまくるなら、
この杏の樹ももう、散り残った紅の花が、いきおいのよい緑の葉の中に、
遠慮ぎみにすみかを与えられているにすぎないであろう。
※この詩は、作者が元豊(げんぽう)2(1079)年の春、徐州にいた時の作で、蘇東坡の官舎に寄寓していた王子立(おうしりつ)・王子敏(おうしびん)の兄弟と、蜀から来た客の張師厚(ちょうしこう)の3人とともに、春の夜、花間で酒盛りをしたことを歌ったものであるという。
僕在徐州、王子立、子敏皆館於官舍、而蜀人張師厚來過、二王方年少、吹洞簫飲酒杏花下。明年、餘謫黃州、對月獨飲、嘗有詩云:「去年花落在徐州、對月酣歌美清夜。今日黃州見花發、小院閉門風露下。」蓋憶與二王飲時也。張師厚久已死、今年子立復為古人、哀哉!
〔訳〕《王子立を憶う》私が徐州にいたとき、王子立(おうしりゅう)・子敏(しびん)がいずれも官舎に下宿していた。そこへ蜀の人張師厚(ちょうしこう)が訪ねてきたので、まだ若かった王氏兄弟は洞簫〔どうしょう、尺八のようなもの〕を吹き、杏の花の下で酒を飲んだのだった。その翌年、私は黄州に流され、月に向かって独り飲み、こんな詩をつくった。
去年 花落ちて徐州にあり
月に対して酣歌し清夜を美(よみ)す
今日黄州に花の発(ひら)くを見る
小院 門を閉す 風露の下
これらは王兄弟と飲んだ時のことを思い出して作ったのである。
※徐州は今の江蘇省銅山県、蘇軾は煕寧10(1077)年、徐州の知事となって来任し、元豊2(1079)年まで在任、翌3年、黄州に流された。
月夜(げつや)客と杏花(きょうか)の下(もと)に飲む <蘇東坡(そとうは)>
杏花簾(れん)に飛んで 餘春(よしゅん)を散(さん)ず
明月(めいげつ)戸(こ)に入りて 幽人(ゆうじん)を尋(たず)ぬ
衣(い)を褰(かか)げ月に歩(ほ)して 花影(かえい)を踏(ふ)めば
炯(けい)として流水の 青蘋(せいひん)を涵(ひた)すが如し
花閒(かかん)に酒を置けば 清香(せいこう)發(はつ)し
爭(いか)でか長條(ちょうじょう)を挽(ひ)きて 香雪(こうせつ)を落とさん
山城(さんじょう)酒薄く 飲むに堪(た)えざらん
君に勸(すす)む且(しばら)く吸(す)え 杯中(はいちゅう)の月
洞簫(どうしょう)聲(こえ)は斷(た)ゆ月明の中(うち)
惟(た)だ憂(うれ)う月落ちて 酒杯の空(むな)しからんを
明朝(みょうちょう)地を捲(ま)いて 春風(しゅんぷう)惡(あ)しくば
但(ただ)だ見(み)ん綠葉(りょくよう)の 殘紅(ざんこう)を棲(す)ましむるを
〔訳〕すだれにはらはらとふりかかる杏の花びらに、のこりの春の散らされてゆく今宵――
戸口からさしこむ明月が、世をわびて住まう主の客人(まろうど)となった。
庭に歩み出た私は、思わず衣のすそをかかげて、地上にちらついている花影の中に踏みこんだ。
その影はあまりにくっきりと鮮かで、青い浮草が、
流水のひたひたとよせる波にもてあそばれているさま、さながらであったからである。
杏の樹の花かげに酒を汲めば、酒から清らかな香りが漂ってくる。
なにも杏の樹の長い枝を手でたわめて、香りたかい雪のような花弁を杯中に落すことはない。
それにしても山あいのまちの酒はうすくてお口にあうまいから、
君にはまあ杯中の月を飲んでいただこう。
(洞簫を吹いていた兄弟も杯をとった)洞簫の音がぴたっとやんだ。
あとに残るのは、しらじらとさえわたる月光ばかり。
そうだ、いずれ月も落ち酒杯も傾けつくすときがくる。
その時味わわねばならぬ空しさが今から気がかりだ。
明朝、春につきもののいとわしい強風が、砂塵をまきあげて吹きまくるなら、
この杏の樹ももう、散り残った紅の花が、いきおいのよい緑の葉の中に、
遠慮ぎみにすみかを与えられているにすぎないであろう。
※この詩は、作者が元豊(げんぽう)2(1079)年の春、徐州にいた時の作で、蘇東坡の官舎に寄寓していた王子立(おうしりつ)・王子敏(おうしびん)の兄弟と、蜀から来た客の張師厚(ちょうしこう)の3人とともに、春の夜、花間で酒盛りをしたことを歌ったものであるという。
この記事にコメントする
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
92
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
sechin@nethome.ne.jp です。
sechin@nethome.ne.jp です。
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
最新記事
(10/07)
(10/01)
(09/07)
(09/05)
(08/29)
最新コメント
[m.m 10/12]
[爺の姪 10/01]
[あは♡ 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[爺 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター