瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
どうも、詩の一部を取り出して表記するのはなんとも中途半端で、あんまり感心しない。昨日のブログで取り上げた李白の「梁園吟」の全文を取り上げることにした。
天宝三載(744年)の春、李白は長安を辞して東に向かう途中、洛陽に立ち寄る。都で著名の詩人が洛陽に来たというので、杜甫は李白を訪ねたという。杜甫は李白の強烈な個性に魅せられ、李白と共に旅をしたいと思うが、丁度そのとき、杜甫の祖母が亡くなり、秋になったら陳留(河南省開封市)で再会しようと約束して別れる。李白の「梁園吟」は、長安を去り、梁園に至ったときの作という。秋八月になって杜甫が李白のあとを追うと、李白はすでに宋州(河南省商丘市)に移っていたという。杜甫は宋州で李白と再会し、そのころ近くを旅していた高適(こうせき)も加わって三詩人の梁宋(りょうそう)の旅がはじまったという。
梁園吟 李白
我浮黄河去京闕 我黄河に浮かんで京闕を去り
挂席欲進波連山 席(むしろ)を挂けて進まんと欲すれば波山を連ぬ
天長水闊厭遠渉 天は長く水は闊くして遠渉に厭き
訪古始及平臺間 古を訪うて始めて及ぶ平臺の間
平臺爲客憂思多 平臺に客と爲りて憂思多く
對酒遂作梁園歌 酒に對して遂に作る梁園の歌
却憶蓬池阮公詠 却って憶ふ蓬池の阮公の詠
因吟緑水揚洪波 因って吟ず緑水洪波を揚ぐるを
洪波浩蕩迷舊國 洪波 浩蕩 舊國に迷ひ
路遠西歸安可得 路遠くして西歸安んぞ得る可けんや
人生達命豈暇愁 人生命に達すれば豈に愁ふるに暇あらん
且飲美酒登高樓 且らく美酒を飲まん高樓に登りて
〔訳〕わたしは黄河の舟に乗って都の関〔潼関:陝西省東端〕を去り、
むしろの帆を揚げて進もうとすると波は山に連なる。
空ははるかに水は広く遠い旅行にあきたが
古蹟を訪うてはじめは平台〔梁の孝王の離宮〕のあたりに着いた。
平台に旅人となってうれいは多く
酒にむかってとうとう梁園の歌を作った。
蓬池の阮籍先生の詠を思い出し
「清らかな水は大波を揚げ」とうたう。
大波はひろびろとしてこの古の梁国で迷い
路は遠く西に帰ることもできそうもない。
人の生きるのは天命だとさとれば愁える暇もなく
ひとまずうまい酒を飲もうて高楼にのぼる。
※阮籍先生:晋の詩人阮籍の「詠嘆」に「徘徊蓬池上、還顧望大梁。淥水揚洪波、曠野莽茫茫」とある。
平頭奴子搖大扇 平頭の奴子大扇を搖るがし
五月不熱疑清秋 五月も熱からず清秋かと疑ふ
玉盤楊梅爲君設 玉盤の楊梅 君が爲に設け
呉鹽如花皎白雪 呉鹽は花の如く白雪よりも皎し
持鹽把酒但飲之 鹽を持ち酒を把って但だ之を飲まん
莫學夷齊事高潔 學ぶ莫かれ夷齊の高潔を事とするを
昔人豪貴信陵君 昔人豪貴とす信陵君
今人耕種信陵墳 今人耕種す信陵の墳
荒城虚照碧山月 荒城虚しく照らす碧山の月
古木盡入蒼梧雲 古木盡(ことごと)く入る蒼梧の雲
粱王宮闕今安在 粱王の宮闕今安くにか在る
枚馬先歸不相待 枚馬先づ歸って相ひ待たず
〔訳〕平頭巾のボーイが大団扇であおぎ
夏の五月も暑くなく秋が来たかとおもう。
玉の平鉢に盛ったヤマモモはきみのためにあつらえた
また呉の塩は花のようで白さは雪のよう。
塩をつまみ酒をとりあげひたすらにのみ
伯夷・淑斉のまねをして高潔なふりをするな。
昔の人で豪貴だったのは信陵君なのだか
今の人間はその墳(つか)を耕している。
荒城はむなしく碧山の月が照らし
古木はすべて蒼悟の山の雲に隠された。
梁王の宮殿はいまどこにあるのか
枚乗(ばいじょう)も司馬相如も帰ってしまった。
※呉の塩:今の江蘇省あたりで作った塩。酒の肴となる。
※伯夷・淑斉:殷末の伯夷・淑斉の兄弟は周の粟は食わないといって餓死した。
※信陵君:戦国時代の魏の公子無忌。その墓は凌儀県〔今の開封市〕にあった。
※枚乗も司馬相如も:原文では「枚馬」。枚乗(ばい じょう、生没年不詳)・司馬相如(しば しょうじょ、紀元前179年 - 紀元前117年)ともに梁の孝王に仕えた文人で、王の死後郷里に帰った。
※汴水:開封のあたりを流れる淮水の支流。開封を汴京と称したことあるのはこのため。
舞影歌聲散淥池 舞影 歌聲 淥池(ろくち)に散じ
空餘汴水東流海 空しく餘す汴水の東にかた海に流るるを
沈吟此事涙滿衣 此の事を沈吟して涙衣に滿つ
黄金買醉未能歸 黄金もて醉を買ひ未だ歸る能はず
連呼五白行六博 五白を連呼し六博を行ひ
分曹賭酒酣馳輝 曹を分かち酒を賭して馳輝に酣(ゑ)ふ
酣馳輝 馳輝に酣ひて
歌且謠 歌ひ且つ謠へば
意方遠 意 方に遠し
東山高臥時起來 東山に高臥して時に起ち來る
欲濟蒼生未應晩 蒼生を濟はんと欲すること未だ應に晩からざるべし
〔訳〕かつての舞も歌も淥池にあとかたもなく
あだに残っているのは東に流れて海に入る汴水だけだ
このことをよく思えば涙は衣をぬらすので
黄金で酒の酔いを買ったが未だ家には帰れない。
「五白だ、五白だ」といって博奕(ばくち)をし、
組を分け酒を賭け熱中して時間をすごす。
歌い歌って、行く末のことを思う。
東山に高臥し時を見て立ち上がり
人民を救おうとしてもまだ遅すぎるはずはない。
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