瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
水泳練習では空に浮かぶ雲が綿菓子に見え、東京に帰ったらいっぱい綿菓子を食べたいといって、頑張ったことを覚えている。昭和46〔1971〕年の夏〔7月〕であった。
一昨日、夜9時ごろ携帯に塾友のMN君からメールが入った。一に曰く、「夜分すいません:突然すいません。聖天町にいたNIさんて覚えていますか? 臨海にも参加した事があるようですが誰と同級でしょうか? Koshiと職場が同じそうで話題に上がってます。M」続いて、二に曰く、「すいません!返信有難うございます。先日sekiちゃんがお届けしたTシャツの釣愛塾で送別会をしています。Koshiとkazukoとrieに先生の携帯連絡先を教えましたので近々連絡がいくと思います。M」
一のメールに答えて曰く、「僕のブログへもコメントが入ったことがあります。一度会いたいね。日高」
「塾臨 い○○○ な○○ 塾臨へ行った。静岡県に行った。/はじめて海を見た時、素晴しいと思った。初めて泳いだ時はこわかった。けれども、だんだん慣れてきて、泳ぐのがおもしろくなった。午前中はたくさん泳ぐので、昼食がおいしかった。昼寝はなかなか寝つかれないので友だちとしゃべっていた。夜はキャンプファイヤーやフォークダンスをやって面白かった。床にはいると、泳ぎつかれているので、三分もたたにいうちらぐっすり眠ってしまう。/五日目ぐらいになると、ひぶくれができて、皮がむけるので、痛くて痛くて、おふろにもはいれない。そのうち、だんだんかゆくなってきた。/終わりに近づくにつれて、すいかわりや水上運動会などがあり楽しかった。すいかわりは柴野君がわった。水上運動会は白組が優勝した。わたしも白組だ。優勝チームはコカコーラ、二位はカルピス、三位は麦茶、四位はただの水で乾杯した。/コンパも面白かった。高校生たちは、こわい話をするので、こわくて、トイレにも行けなかった。/十日間がとてもみじかくかんじた。」
以前、僕のブログに彼女のコメントが入り、家族で西伊豆を訪ねたということで、メールで長松寺〔臨海の宿舎〕の写真を送ってきたことがある。
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プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
93
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
sechin@nethome.ne.jp です。
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