瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
[895] [894] [893] [892] [891] [890] [889] [888] [887] [886] [885]
ad83fedd.jpg 今日から8月、戻り梅雨なのか最近は明け方の雨が多い。徘徊も行ったり、行かなかったり。まあ、お陰で猛暑から解放されて、クーラー無しの日が続く。
 今朝は、山谷堀水門広場でスカイツリーを眺め、足が桜橋通りに向う。京成橋を渡り、北十間川沿いに東武橋に出る。言問い通りを西進、言問橋を渡って帰宅した。

  照鏡見白髪   張九齢(初唐)
宿昔青雲志   宿昔(しくせき) 青雲の志
蹉跎白髪年   蹉跎(さだ)たり 白髪の年
誰知明鏡裏   誰か知らん 明鏡の裏
形影自相憐   形影(けいえい) 自ら相憐(あいあわ)れまんとは

[訳]
 昔は世に羽ばたく大きな夢を抱いていたもの
 ついつまずいて、白髪の年になってしまった。
 誰が分かろうか、明るい鏡の中で
 自分とうつった影とが互いに憐れみ合うなどとは

cb83b80d.JPG 張九齢は曲江(広東省)の人。玄宗の信任を得て左補闕・中書舎人に進み、733年には宰相に至ったが、野心家の李林甫(?~752年)と衝突し、玄宗の寵を失い、荊州(湖北省江陵)長史に流された。




この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
福沢諭吉
 明治26年6月11日、福沢諭吉は『時事新報』に「一覚宿昔青雲夢」という題の社説を執筆し、官界での栄誉功名を求めるよりよりも実業界に転身し民間経済の再建に尽力していた渋沢栄一を讃えたのです。
 「青雲の志」は仕官せんとする宿願のことですね。これは古来より中国の知識人たちがあこがれたもので、科挙試験という官吏登用試験はまさに、こういった夢の現実化につながる捷径なのです。
シン 2011/08/03(Wed) 編集
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
92
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


小冊子の紹介
カレンダー
12 2025/01 02
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント
[爺の姪 01/13]
[レンマ学(メタ数学) 01/02]
[m.m 10/12]
[爺の姪 10/01]
[あは♡ 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright © 瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り All Rights Reserved
/