忍者ブログ
瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
[947] [946] [945] [944] [943] [942] [941] [940] [939] [938] [937]
 史記 列伝 廉頗藺相如列傳 第二十一 より (さらに、昨日の続き)
 秦王使使者告趙王、欲與王為好會於西河外澠池。趙王畏秦、欲毋行。廉頗、藺相如計曰:“王不行、示趙弱且怯也。”趙王遂行、相如從。廉頗送至境、與王訣曰:“王行、度道里會遇之禮畢、還、不過三十日。三十日不還、則請立太子為王。以絕秦望。”王許之、遂與秦王會澠池。秦王飲酒酣、曰:“寡人竊聞趙王好音、請奏瑟。”趙王鼓瑟。秦御史前書曰“某年月日、秦王與趙王會飲、令趙王鼓瑟”。藺相如前曰:“趙王竊聞秦王善為秦聲、請奏盆缻秦王、以相娛樂。”秦王怒、不許。於是相如前進缻、因跪請秦王。秦王不肯擊缻。相如曰:“五步之內、相如請得以頸血濺大王矣!”左右欲刃相如、相如張目叱之、左右皆靡。於是秦王不懌、為一擊缻。相如顧召趙御史書曰“某年月日、秦王為趙王擊缻”。秦之群臣曰:“請以趙十五城為秦王壽”。藺相如亦曰:“請以秦之咸陽為趙王壽。”秦王竟酒、終不能加勝於趙。趙亦盛設兵以待秦、秦不敢動。
〈訳〉
73591b51.JPG 秦王は使者をおくって趙王に告げた。
「王と親睦するために西河の南の澠池(河南省)で会合したい。」
 趙王は秦を恐れて行きたくないと思ったが、廉頗と藺相如が相談して、
「王がお出掛けになりませんと、趙が弱く、かつ、卑怯であることを示すことになります」
と言ったので、趙王はとうとう出かけた。相如がお供をした。廉頗は送って国境にいたり、王と訣別して言った。
「お出掛け下さい。道程を計算してみますと、会遇の礼を終ってご帰還になるまでは、三十日に過ぎません。三十日たってご帰還なさいません時は、太子を王位におつけして、秦の野望を絶たせてください」
 王はこれを許しついに秦王と澠池で会合した。秦王は、酒宴がたけなわになるといった。
「寡人はひそかに、趙王が音楽好きだときいている。ひとつ、瑟を弾いてもらいたい」
 趙王は瑟を弾いた。秦の記録官が進み出て、
「某年・月・日、秦王、趙王と会飲し、趙王をして瑟を鼓せしむ」と、書いた。すると秦相如が進み出ていった。
「趙王はひそかに、秦王が秦の音楽に堪能だと聞いております。盆缻(ぼんぶ、瓦の楽器・ほとぎ)を秦王に捧げて歌っていただき、お互いにたのしみたいものです」
 秦王は怒って許(き)かなかった。相如はすすみでて缻をすすめ、跪いて秦王に請うた。秦王は缻をうって歌うことを承諾しなかった。相如は言った。
「大王と私の距離は、僅か五歩です。私の頸血を大王に濺(そそ)ぎましょうか(一身を犠牲にして大王を殺すこと)」
 秦王の左右の者が相如を刃にかけようとしたが、相如が目を張って叱り付けると、みな退きなびいた。かくて、秦王はしぶしぶ趙王のために一ぺんだけ缻をうって歌った。相如はふりかえって趙の記録官を召し、
「某月・月・日、秦王、趙王のために缻を撃つ」
と、書かせた。秦の群臣が言った。
「趙の十五城邑を献じて、秦王の壽を祝福してもらいたいものです」
 藺相如が言った。
「秦の咸陽(秦の国都、陝西省)を献じて、趙王の壽を祝福してもらいたいものです」
 こうして、秦王は酒宴を終るまで、ついに趙を屈服させることはできなかった。趙もまた兵備を盛んにして秦に備えたので、秦は行動を差し控えた。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
85
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


小冊子の紹介
カレンダー
09 2017/10 11
S M T W T F S
1 3 5
8 11 12 14
16 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
[中公房 09/18]
[中公房 08/20]
[中公房 07/31]
[爺の姪 07/30]
[爺の姪 07/16]
[爺の姪 06/30]
[爺の姪 06/29]
[爺の姪 03/15]
[中公望 02/17]
[爺の姪 02/14]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright © 瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]