ウェブニュースより
バイデン氏、17日にキーウ訪問決断 ロシアへ事前通告 ―― バイデン米大統領は20日のウクライナ訪問を数カ月前から極秘に計画してきた。不測の事態への緊急対応計画を練り、17日に訪問を決断した。ロシア側に事前通告したが訪問中に防空サイレンが鳴り響き、安全へのリスクを物語った。
ジョン・フィナー大統領副補佐官は20日、記者団にウクライナの首都キーウ(キエフ)訪問に関し、バイデン氏に同行したのは「極めて少数だった」と説明した。安全に配慮し、側近の数人と医療チーム、カメラマン、警護隊に限定した。
ホワイトハウスや国防総省、シークレットサービス(大統領警護隊)、情報機関のごく一部で数カ月前から訪問計画や緊急時の対応計画を作成した。バイデン氏は17日に安全保障担当の高官らと協議し、キーウ訪問を最終決定した。
サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はウクライナ訪問をロシアに事前通告していたと明らかにした。「衝突回避の目的だった」と話し、ロシア側の反応に関してはコメントを控えた。
米大統領は米軍が駐留するアフガニスタンやイラクなどを予告せずに訪問してきたが、ウクライナに米軍は駐留していないため治安を管理しにくい。バイデン政権は最悪の事態を避けるためロシアへ事前通告が必要だと判断したとみられる。
ホワイトハウスは同行記者を通常の10人以上から2人に限定した。同行記者に送った訪問予定を記したメールの件名は「ゴルフ大会の到着案内」と偽装。首都ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地で記者から携帯電話を回収し、情報漏洩に細心の注意を払った。
バイデン氏は米東部時間19日午前4時15分(日本時間19日午後6時15分)に同空軍基地を出発した。ドイツのラムシュタイン空軍基地での給油を経て、ポーランド西部のジェシュフ・ヤションカ空港に到着した。そこから車で1時間の距離にあるウクライナ国境付近の駅に向かった。
電車に乗り換えて暗闇のなかを約10時間かけてキーウに移動し、現地時間20日午前8時(日本時間20日午後3時)ごろに着いた。バイデン氏は80歳と最高齢の米大統領で、同紙は「骨の折れる旅路だった」と指摘した。
バイデン氏はキーウ市内でゼレンスキー氏と握手を交わすと、記者団からキーウ訪問の意義を問われた。今回が8回目の訪問だと触れて「来るたびにその意義は大きくなっている」と強調した。「(米国は)ここにいる。我々は離れない」と語り、ウクライナとの連帯をアピールした。キーウ滞在は約5時間だった。
サリバン氏は記者団に対し、会談について「今後数カ月の戦闘や戦闘で勝利するために必要な能力について議論した」と語った。国防総省は20日、ウクライナへ4億6000万ドル(620億円)相当の武器を追加供与すると発表した。高機動ロケット砲システム「ハイマース」に搭載する弾薬や防空偵察レーダーを含んでいる。
バイデン氏のキーウ滞在中にも防空警報が鳴り響いた。隣国ベラルーシからロシア軍の戦闘機が飛び立ったためという。ベラルーシからミサイルが発射されると20分以内にキーウへ届く距離とされ、ウクライナが戦時下であることを象徴した。CNNテレビによると、ウクライナ東部では20日も断続的にロシアの砲撃が続いた。
バイデン氏は再び電車でポーランド国境まで戻り、首都ワルシャワに着いたのは現地時間20日午後11時10分(日本時間21日午前7時10分)ごろだった。
バイデン氏は21日、ワルシャワで侵攻をめぐる包括演説に臨む。侵攻から1年の節目を控え、ウクライナ支援の機運を再び盛り上げ、民主主義陣営の結束を固める狙いがある。バイデン氏は世界が民主主義と強権主義の競争に直面していると公言する。ウクライナ侵攻の結末は民主主義の行方も左右すると位置づける。 【日本經濟新聞 2023年2月21日 1:17 (2023年2月21日 9:27更新)】
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