瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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 朝食後、東武浅草駅の北口前にある理髪店で散髪。吾妻橋を渡り、淺草通りを西進、業平橋東から秋の陽光に照らされた東京スカイツリーのカメラに収める。押上→ 桜橋通り→ 曳舟通り→ 東武曳舟駅→ 明治通り→ 白鬚橋→ 台東区川の隅田川遊歩道を通って帰宅する。本日の記録11039歩、7.1km。
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0b07557e.jpg 此処のところ、こと参議院補選については民主党の勢いは留まるところを知らないようである。民主党よ「驕れるもの久しからず」を胸に刻めよ。「歳寒くして松柏(しょうはく)の凋(しぼ)むに後(おく)るるを知る」と言うではないか。人は苦難に面して志操の善し悪しが現れるものなのである。
2694e79c.JPGf5755784.JPG 唐宋八大家の一人で宋代では蘇軾(そしょく、1036~1101年)と並ぶ文章家で政治家あった欧陽修(おうようしゅう、1007~72年)が38歳で天子に諫言(かんげん)忠告することを職務とする知諫院(ちかんいん)にあった時の作「朋黨論(ほうとうろん)」に曰く、『臣聞朋黨之説自古有之惟幸人君辨其君子小人而已大凡君子與君子以同道爲朋小人與小人以同利爲朋此自然之理也然臣謂小人無朋惟君子則有之其故何哉小人所好者禄利也所貪者財貨也當其同利之時暫相黨引以爲朋者僞也及其見利而爭先或利盡而交疎則反相賊害雖其兄弟親戚不能相保故臣謂小人無朋其暫爲朋者僞也君子則不然所守者道義所行者忠信所惜者名節以之修身則同道而相益以之事國則同心而共濟終始如一此君子之朋也故爲人君者但當退小人之僞朋用君子之眞朋則天下治矣《私はこのように聞いている。朋党については古くから言われて来たことであるが、これは人の上に立つものが君子と小人の違いを見極められるかどうかに懸かっている。そもそも君子と君子は道を同じくすべく朋党となり、小人と小人は利益を同じくすべく朋党となるが、これが自然の道理なのである。しかし私の考えでは小人に朋党はなく、ただ君子にのみ朋党はある。なぜかと申すに、小人が好むものは利録(りろく)であり、求めるものは財貨である。小人どうし利益を同じくするときには、しばらく助け合って朋党となるが、これは見せかけのものにすぎない。彼等は利を見ては先を争い、利がなくなり情が薄くなれば、却って争い合うばかりか、兄弟や親戚ですら助け合えないのである。だから私は,小人に朋党はなく、あたかも朋党のように振る舞のは、見せかけのものだと申し上げるのである。しかし君子は違う。君子の守るものは道義であり、行うものは忠信であり、惜しむものは名節なのである。これによって身を修めれば、道を同じくして助け合い、これによって国に当たれば、心を同じくして助け合い、始めから終わりまで、まるで一人の如く振る舞うのである。これが君子の朋党というものである。故に、人の上に立つものが、ただ小人のかりそめの朋党を退け、君子のまことの朋党を用いることさえできるならば、天下は治まるのである。(中国古典文学大系 平凡社 による》』
 この1000年近くの昔の考えは今にも通じるものがあって、今の日本の政党を形づくる人々にも是非考えてもらいたいものである。
 なお、欧陽修は詩人でもあり、多くの詩を残しているが、今の季節に因んで「秋懐」を掲げよう。
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d76169cc.jpg 今日は日本橋は寶田神社の恵比寿講で、日本橋本町では昨日からべったら市が開かれているという。朝食後、江戸通りを南下、何時もだと両国橋を渡るところなのだが、べったら市を見てみようと小伝馬町に出た。江戸通りから南東に伸びる人形町通りに入って、2つ目の路地が寶田神社の参道となっている。参道と言ったって神社自体がビルの間に納まっている感じで、拝殿の前は道路で、参詣者は道路から手を合わせている。
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064f2dd2.jpg 「べったら市の高張ばかり更けしかな」 長谷川かな女(1887~1969年) 町内には「高張提灯」が軒を埋めて、麹の匂いが町に充満する。この祭りが終われば晩秋から冬に近づくのである。作者のかな女は日本橋の生まれである。東京日本橋の大伝馬町から小伝馬町への通りで開かれる江戸の風物詩「べったら市」は「べったら(干し大根を麹で浅漬けしたもの)」を売る店や多くの夜店が出て、大勢の人出で賑わう。『若者が浅漬大根(べったら)を混雑を利用し、参詣の婦人に「べったらだー べったらだー」と呼びながら着物の袖につけ婦人たちをからかったことから、べったらの呼名になった』(べったら市保存会 パンプより)という。「べったら市」は宝田神社・恵比寿講(20日)の前夜に開かれる市なのだそうだ。べったら漬を買った「にいたか屋」という店で、若い女子店員が「小父さん、写真撮ってあげる」と、爺の手からカメラを受け取って、シャッターを押してくれた。宝田神社は、徳川家康が入府の時三河から随行してきた馬込勘解由が、徳川家繁榮祈念の恵比寿様を賜り、慶長11(1606) 年ここに御神体として安置したのが由来である。宝田恵比寿神は商売繁盛、家族繁榮、火防の守護神として今でも多くの崇敬者を集めているという。
 昭和通りを横切って、三越前から東京メトロ銀座線に乗って帰宅した。徘徊記録は8971歩、5.8㎞であった。
 朝食後、言問橋を渡り墨堤通りに沿って、東白鬚公園を抜け水神大橋を渡って、荒川区の隅田川沿いの遊歩道を南下、さらに台東区の隅田川沿い遊歩道を通って帰宅。10231歩、6.6kmを記録。
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98e8fec1.jpg 隅田公園も三囲神社近辺も白鬚神社も、秋の気配を増してきて、「秋深し」の感を強くする。李白だっけ、杜甫だっけ、秋を詠った七言律詩の冒頭に「玉露(ぎょくろ)凋傷(ちょうしょう)す 楓樹(ふうじゅ)の林/巫山(ふざん)巫峡(ふきょう)気(き)蕭森(しょうしん)たり… 」というのがあったけ。
 爺が旧制の中学1年で中国山地の山間の村に疎開していて、三次中学に在学している頃、時間割に「素読」という項目があって、教師が読む後を復唱して、意味も判らず滅多矢鱈に詰め込まれた。時代劇によく出てくる寺子屋のシーンと全く同じような授業が行われたのである。終戦直後の2学期ともあって、転校して始めての授業であの杜甫の「春望」を暗記させられた。――國破山河在⇒國破れて山河在り (くにやぶれてさんがあり)/城春草木深⇒城春にして草木深し (しろはるにしてそうもくふかし)/感時花濺涙⇒時に感じては花にも涙を濺ぎ (ときにかんじてははなにもなみだをそそぎ)/恨別鳥驚心⇒別れを恨んでは鳥にも心を驚かす (わかれをうらんではとりにもこころをおどろかす)/烽火連三月⇒烽火三月に連なり (ほうかさんげつにつらなり)/家書抵萬金⇒家書萬金に抵る (かしょばんきんにあたる)/白頭掻更短⇒白頭掻けば更に短く (はくとうかけばさらにみじかく)/渾欲不勝簪⇒渾て簪に勝へざらんと欲す (すべてしんにたえざらんとほっす)――
 昔年に覚えさせられたものを、うろ覚えのまま思い出すことはあっても何一つ完全なものはない。帰宅して、杜甫の詩の中から、「秋興八首」を見つけ出した。この其一が、「玉露凋傷す楓樹の林云々」の詩であった。大暦元(766)年虁州(きしゅう)の作で、杜甫の七言律詩のうち最も有名であり、優れたものであるという。
99aedb72.JPG 「白く光る玉の露がすっかり楓の大木をいためつけて/巫山(ふざん)とそのあたりの谷々には秋の気配が厳しく静かに満ちている/谷には波が高く巻き上がり天まで届くかと思われ/巫山の塞(とりで)の上の雲は風に吹かれて地上まで暗く垂れ下がっている/むらがり咲く菊の花 日をへだててふたたび見て 今日も涙する/一艘の舟を岸に繋ぎ私は故郷へ思いを託(たく)している/冬支度がはじまって方々で衣服の仕立てにかかる/白帝城の高くそびえるあたり夕暮れの中砧(きぬた)うつはげしい音」(中国古典文学大系「唐代詩集上」より)
  ウェブからのニュースに拠れば『平野博文官房長官は19日午前の記者会見で、2010年度の一般会計予算の歳出総額を巡り、仙谷由人行政刷新担当相が「できれば92兆円くらいで収めたい」と発言したことについて「もっと具体的に精査をしていく中で切り込んでいただきたいというのは私どもの考え方だ。さらにご努力いただきたい」と述べ、92兆円からさらに減らすよう求めた。/これに関連し、藤井裕久財務相も同日午前、同年度予算の一般会計総額を92兆円以下に抑制する意向を示した。新規国債発行額については「44兆円以下にしたい」と述べ、09年度当初予算と第1次補正予算を合わせた発行額以下に抑制する考えも重ねて強調した。都内で記者団の質問に答えた。/10年度予算を巡っては、概算要求が95兆381億円まで膨らんでおり、鳩山由紀夫首相が記者団に「できるだけ抑えないといけない。さらに減らせる努力をしたい」と語っていた。これを受け、行刷相は概算要求から3兆円程度の削減を目指す考えを表明。それでも09年度予算の88.5兆円より大幅に膨らむため、財政規律への懸念が広がっている。』という。
851327d8.JPG 今回の鳩山内閣は理系頭脳だと聞く。平野博文官房長官、管直人内閣府特命担当大臣(副総理)も理系であるが、特に鳩山首相は東大から国外留学を選び、米国カリフォルニア州の名門スタンフォード大で学位Ph.D.を取得したという。当初は、電気工学を学んでいたということであるが、そこでめぐり合ったのが、当時、新しい分野だったOR(operations research、オペレーションズ・リサーチ)であるという。数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、さまざまな計画に際して最も効率的になるような決定を下す科学的技法である。複雑なシステムの分析などにおける意思決定を支援し、また意思決定の根拠を他人に説明するためのツールなのである。ORは現在では、組織体(企業、非営利法人、自治体、政府、国際機関などすべて)の意思決定のための、合理的・科学的アプローチの技術として必須のものなのである。基本的手法は順列組み合わせ、確率、最適化および待ち行列などであり、現在、防衛省にOR専門の組織が存在するということである。予算の骨格を決める国家戦略局の前身「国家戦略室」を首相指示により設置することなどを決めている。さっそく予算のOR問題解決と行かないものだろうか。
 鳩山首相は1947年2月11日生まれで、日本初のノーベル物理学賞の湯川秀樹博士と同じ「みずがめ座」、血液型も同じO型という。善き解決を願うものである。

 本日は日曜日。午前中は例によって報道番組を見る。本日浅草寺境内では菊供養のお練りが出て、金龍の舞が催されるという。昼食後、腹ごなしに婆様と連れ立って浅草寺境内に出掛けた。
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a9b4db99.jpg 浅草寺の山号を金龍山と言うのは縁起に「十八日寺辺に一夜にして松千株ほど生ず、三日を過ぎて天より長 さ百尺ばかりの金鱗の龍、松のなかにくだりしが、その後あるところをみず、これによって金龍山と言う」とあるところから出ているという。金龍の舞も、この由来によるもので、昭和33年10月昭和本堂が落慶した際、浅草観音慶賛会が後生に永く伝える記念行事として創始奉納したものであるという。長さ15m、重さ80kgの金龍は、観音様の姿に喜び、勇ましい華麗な舞は、宗教的意義が高いといわれている。金龍の舞の奉演は毎年3月18日のご本尊示現会と10月18日の菊供養の佳日に行われている。
b5b14bf2.jpg おやおや、こんな所に持国天・増長天の2像があったっけ? 説明板を読むと、二天門の両脇に鎮座坐ましていたものを、二天門の改修工事が終るまで、この場所に安置するのだとある。
b0c45fe4.jpg 淡島堂に立ちより、奥山参道からロックスに立ち寄り、夕餉の買い物をして帰宅した。






 朝食後、小松通りから金美館通りを通って根岸3丁目に出る。人々はみんな忙しそうに爺を追い越して、せかせかと先を急いでいる。まあ、いいだろう跨者不行(かしゃふこう=大またで歩くものは遠くへは行けない)というではないか。
 日暮里方向に北上すると荒川区との境にある不動院の境内に御行の松がある。初代の御行の松は、「江戸名所図会」や「広重の錦絵」にも描かれた有名な松であったで、大正15年(昭和元年)に天然記念物の指定を受けが、昭和3年に枯れてしまい、昭和5年に伐採されたそうで、正岡子規の句碑がそれを物語っている。今ある松は3代目とか…  もと来た道を引き返し、言問通りを西に進んで帰宅する。8940歩、5.8㎞を記録す。
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  帰宅後、徘徊途上で突然思い出した4字熟語「跨者不行」の出典を調べてみた。「企者(きしゃ)は立たず、跨者(かしゃ)は行かず。/自ら見(あら)わす者は明らかならず、自ら是(ぜ)とする者は彰(あきら)かならず。/自ら伐(き)る者は功(こう)無く、自ら矜(ほこ)る者は長(ひさ)しからず。/其の道に在るや、餘食贅行(よしょくぜいこう)という。/物(もの)之(これ)を悪(にく)むことあり。/故に有道(ゆうどう)の者は處(お)らず。《訳:つま先立ちする者は、長く立っていられない。大股で歩く者は、長くは歩けない。/自分を見せびらかせる者は、他人からは認められない。/自分を正しいと正当化する者は、正しさを認めてもらえない。自分の功を自慢する者は、本当の功労者ではなく、自分の才能を誇りにする者は、その才能も長つづきしない。/道の立場からすると、これらの行ないは、余計な行ないという。/万物は、これを斥けるであろう。/故に、道を体得した者はこんなことはしない。》(老子第二十四)
 まもなく、秋の叙勲が行われる。日本では戦後しばらくの間、文化勲章を除いて生きてるうちに勲章を贈ることが禁じられていた。そのため勲章は死後に授与されるものだったのだが、昭和39年から生存者に対する叙勲が復活した。当時まだ40代だった中曽根康弘は、生存者への叙勲には反対の姿勢をとっていた。「戦前の勲章の復活などは、いまの憲法にふさわしくない。第一、いまどき勲章をもらったって、いつ、どんな服につけるのかね」と皮肉たっぷりだった。この風見鶏先生が80歳を目前にして、大勲位菊花大綬賞という上から2番目に偉い勲章をお貰いになっている。人間の名誉欲ほど浅ましきものはない。国会議員に限らず、大学の先生方勲章欲しさにその椅子にしがみ付いていらっしゃる方の多いことよ。
9ccaf313.JPG 叙勲者のほとんどが元議員、元公務員などというこの制度は、春秋の年2回もあるのだ、特に特典は無いということだが、これだけの数の勲章の費用はどこから出るのじゃろう? 受章者は省庁からの推薦がほとんどだということなので、お手盛りで天下りの後は勲章を順番でもらうと言う事なのだろうか? 実に身勝手でそれとは無縁な瘋癲爺にとっては、実にもったいない話ではあると存ずるが如何。


692e8fd1.jpg 朝食後、東白鬚公園を抜けて千住汐入大橋をわたり、荒川区・台東区の隅田川沿いの遊歩道を通って帰宅した。天気は好いし、体調もまあまあで、ちょっと足を伸ばしたので、12797歩、8.3㎞の徘徊となった。

4f44669b.JPG 隅田川の名前は地域によって、時代によってそれぞれに名前がつけられ呼ばれていたようだ。細かく言うときりがないくらい呼び方があったようであるが、要約すると古くは「宮古川」「住田河」、あるいは「澄」「墨」「角」の字が当てられたりした。江戸時代ころには吾妻橋近辺までの下流は「大川」、浅草近辺は「浅草川」、「隅田川」、上流は「荒川」「宮古川」というのが大まかな経過のようである。明治43年の水害を機に荒川放水路が造られ、後昭和40年放水路の方を荒川、岩淵水門から下流東京湾までを隅田川という名称にしたものである。永井荷風の代表作に「濹東綺譚」があるが、墨東は隅田川中流の東岸地帯をさし、綺譚は艶(あや)のある面白い話という意味である。荷風自身が「向島寺島町に在る遊里の見聞記をつくって、わたしは之を濹東綺譚と命名した。濹の字は林述斉が隅田川を言現すために濫(みだり)に作ったもので、その詩集には濹上漁唱と題せられたものがある。」というように「濹」は永井荷風が、江戸時代後期の儒学者で漢詩人である林述斎(はやしじゅっさい、1798~1841年)の造字して、「濹上漁唱」という書物を著したものを発掘して使った漢字で、隅田川(墨田川)を指しているというのである。

98daf632.JPG 今朝の朝日新聞4面に「小沢流徹底」なる記事が出ていた。彼はテレビやラジオにはあまり出演しないしむしろ寡黙な人の印象を受け、どだい如何なる人物なのか釈然としないのである。小沢一郎に対する評価は極端に分かれる。
肯定する人たちは、しっかりとした「国家観」を持っている唯一の政治家としてそれに期待を寄せる。この点については小沢を否定する人たちの多くも認めるところであろう。さらに誠実な人柄に感銘を覚えるというひともいれば、他方で小沢を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う人々も多い。その人たちは彼の強引な手法、その人の思想による好悪の感情が露(あらわ)で取り付くしまがない態度を指摘する。また自分勝手で約束を平然と反故(ほご)にする身勝手な人間であるとも言う。
自民党の中枢にいながら、政治家としての頂点、総理大臣の座を手中にしながらの決意はまさしく己の栄華よりも日本の改革を優先した判断であるとも取れる。小沢は自民党政権の中枢にいながら自民党政治の欠陥を読みきっていたのだろうか? 今になっても、小沢の経歴の中に自民党の中枢にいたことをあげつらう人がいるが、政治家として、また本当に有能な人間が自然とその組織の中で有用な地位についた事に何故不審を抱くのだろうか。自民党の中で何も出来ない優柔不断の大人しい人間が国家の変革を目指せるとでも言いたいのだろうか。能力のある小沢だからこそ、何処でも力量を発揮し、かつ自民党を飛び出ることも出来たのではないだろうか?
 まあ、いずれにしても、今の政治家の中では一番の遣り手で、彼なくしては今の民主党はなかったことは確かである。
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756c9294.jpg 朝食後、国際通りから金美館通りを西進、金杉通りに出る。金杉通りを南下、言問い通りを横断し両大師橋の入口から、昭和通りに出ると、かっぱ橋本通り(商店街)を東進する。真正面に建設中の東京スカイツリーが建ちはだかっているように見える。国際通りから浅草寺境内に入ると、あちこちに明日から始まる菊花展の葭簾(よしず)張りの展示場が設けられている。
4cca2f1e.jpg 高校時代に習った晋の陶潜の詩に「菊を採る東籬の下 悠然として南山を見る」というのがあったけ。諳(そら)んじて見ようと思ってもこの2句の他は遥か忘却の彼方。試しに「帰去来兮(かえりなんいざ) 田園将に蕪(あ)れなんとす 胡(なん)ぞ帰らざる…」これもここまで。わが記憶力の貧弱さを嘆きつつ、隅田公園を抜けて帰宅した。8573歩、5.5kmの徘徊であった。
aa991948.JPG 昼食後、本棚の隅から岩波文庫の陶淵明全集(上・下)2冊を取り出してきて「飲酒二十首」の中に「菊を採る東籬の下云々」の詩を見つけ出した。
飲酒其五 結廬在人境/而無車馬喧/問君何能爾/心遠地自偏/採菊東籬下/悠然見南山/山氣日夕佳/飛鳥相與還/此中有眞意/欲辨已忘言《読み:廬(いおり)を結んで人境(じんきょう)に在り/而(しか)も車馬(しゃば)の喧(かまびす)しき無し/君(きみ)に問(と)ふ何ぞ能(よ)く爾(しか)るやと/心(こころ)遠(とお)ければ地(ち)自(おの)ずから偏(へん)なり/菊(きく)を採(と)る東籬(とうり)の下(もと)/悠然(ゆうぜん)として南山(なんざん)を見る/山氣(さんき)日夕(にっせき)に佳(よ)し/飛鳥(ひちょう)相(あい)與(とも)に還(かえ)る/此(こ)の中に眞意(しんい)有(あ)り/辨(べん)ぜんと欲(ほっ)して已(すで)に言(げん)を忘る》
訳:「人里に庵を構えているが、役人どもの車馬の音に煩わされることはない。「どうしてそんなことがあり得るのだ」とおたずねか。なあに、心が世俗から遠く離れているため、ここも自然と僻地に変わってしまったのだ。/東側の垣根のもとに咲いている菊の花を手折りつつ、ゆったりとした気持ちで、ふと頭をもたげると、南方はるかに廬山のゆったりとした姿が目に入る。山のたたずまいは夕方が特別すばらしく、鳥たちが連れ立って山のねぐらに帰ってゆく。この自然のなかにこそ、人間のありうべき真の姿があるように思われる。しかし、それを説明しようとしたとたん、言葉などもうわすれてしまった。」
 陶淵明(365~427年)の作品の中で最も有名なものの一つである。煩わしい役人生活を辞め、自然を相手に悠々自適の生活を送る。別に人里近くにあっても、心持次第では、僻遠の地にあるような心境になれるのだ。この悠々たる境地に遊ぶことができたならば、言葉などどうでもよい。そんな気持ちが伝わってくる。陶潜はこよなく菊を愛(め)で、「飲酒其七」でも菊を主題に詠っている。他に「九日閑居」なども菊を扱っている。
 本日は新聞休刊日である。朝起き抜けにパソコンを開くとウェブからのサーチナ情報に次のような記事があった。
 【社会ニュース】 2009/10/12(月) 23:53
 9日(アメリカ現地時間)、オバマ大統領がノーベル平和賞受賞の報せが届いた。この報せに世界中は元より、本人も予想出来なかったという。今回の受賞に関して、多くの人が疑問を感じたに違いない。世界中から疑問の声が上げられ、アメリカでも否定的な観方が拡がっている。アメリカにおいては共和党・保守党論客が批判的な意見を展開しているが、進歩的な意見を持つ陣営内でも「理解できない」という反応がある。
 進歩指向のロサンゼルスタイムズ紙は10日の社説に「私たちはオバマ大統領を支持して、彼の前任者よりもはるかに好んでいるが、なぜ就任直後にノーベル平和賞を受賞したのか分からない。ノーベル委員会はオバマ大統領を当惑させて、賞自らの信頼を損なった」と厳しい意見を述べている。11日に同紙が行ったオンライン世論調査によると、回答者の46%が『オバマ大統領は賞の受賞を断らなければならない』と答えている。
 また、昨年大統領選に公認でオバマ氏を支持していたワシントンポスト紙も、「慌てて授与したおかしな平和賞」としながら、「イラン大統領選挙不正に抗議して亡くなったイラン女子大生などの、明らかな他の候補がいながら、なぜノーベル委員会が今回の決定を下したのか分からない」と伝えている。ちなみにワシントンポスト紙は9日、3万7,675人にオンライン世論調査を行い、56%が今回の受賞に反対していることを報じている。投票者の中には、「インドのマハトマ・ガンジーさえ平和賞を受け取れなかったのに、政治新人のオバマが受けたことにより、ノーベル賞の権威を自らおとしめた」という意見もある。
 保守的な日刊紙ウォールストリートジャーナルは、10日付のコラムで「今回の授与は邪悪で無知。ノーベル委員会は単に、オバマがジョージ・W・ブッシュでないだけで賞を与えた。平和賞が『尊敬の対象』から、『冷やかしの種』に転落した」と酷評を浴びせている。
 この他、海外の反応も冷ややかである。ドイツの時事週刊誌シュビーゲルは「就任9ヶ月のオバマに賞を与えるのは、2~3km走ったマラソンランナーにメダルを与えるようなものだ。栄光よりもむしろ負担になるだろう」と指摘。中国の環球時報の11日に実施したオンラインアンケートによると、「納得できない」という回答が全体の86.2%を占め「オバマはまだ世界平和に貢献していない」という理由を挙げている。イギリスBBCが受賞者発表直後に新設したサイトで、『オバマ大統領の受賞に対してどう思うか』という質問に対して「今は早い」という意見が大多数を占めているという。
dc63c452.JPG 今回のノーベル平和賞の受賞は、世界的にも歓迎されていないようだ。ガンジーさえ受賞しなかったという意見には、なるほどと納得せざるを得ない。(情報提供:ロケットニュース24)
ノーベル各賞の中でも、平和賞ほど政治的意味合いの強い賞はない。あの、佐藤栄作、金大中も受賞している。世界のリーダーを自負するアメリカ合衆国の大統領が、「核廃絶」を声高に叫ぶ、それは重いものには違いない。リーダーとしての存在価値はともかく、日本の非核・平和団体を率いる人々は、戦後この方必至に「ノーモア原・水爆」を叫んできたのである。十分受賞に値するはずである。代表してオバマが受賞するものと受け止めれば、善しとする話ではあるのだが、一方でオバマはアフガンでの戦争を継続している。兵を増派しようという動きもあるほどである。対テロの戦争として、ブッシュ同様に正当化しているようにみえるが、「9・11」の犠牲者数に比べるべくもないほどの夥(おびただ)しい人命を奪い続けてもいるのである。”広島・長崎”と同スタンスのアメリカの正義が横行しているかのようでもある。人権派とされるオバマですら抗しえない力が、彼を縛っているのだろうが、「平和賞」と鮮やかな対照を描いている。無抵抗主義を貫き、インドを英国の長き呪縛から解き放ったあのマハトマ・ガンジーは5度、この平和賞候補に担がれたということであるが、いずれも固辞した。平和賞の政治的底意を見抜いていたのかもしれない。オバマが、今回、ガンジーと同様に固辞したなら、心底尊敬も出来るのだが…
43b72ba3.JPG 老子先生も、挫鋭解紛(ざえいかいふん)、和光同塵(わこうどうじん)――《その》鋭(えい)を挫(くじ)き、《その》紛(ふん)を解(と)き、《その》光を和(わ)し、《その》塵(ちり)に同(おな)じくす――と仰っている。



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9f648c15.JPG 朝食後、浅草寺境内からかっぱ橋商店街を抜けて昭和通へ出る。真源寺(入谷鬼子母神)に立ちより、柘榴の木の陰になっている句碑を撮影。(漱石来る)「蕣や君いかめしき文学士」「入谷から来る朝顔の車哉」と正岡子規の2句か刻まれている。大学の文学部を卒業すれば、自動的に文学士という学士号が与えられるが、現代の学士号にはかけらほどの値打ちもないが、この句がつくられた明治26年に大学は、日本中で帝国大学(現在の東京大学)しかなかったのである。現代の博士号よりもずっと値打ちがあったから、「いかめしい」のである。文学士はいうまでもなく訪ねてきた漱石である。英文科を卒業したのは漱石だけだった。子規も大学で同級生だったが、英語が苦手なので、前年6月の学年試験に落第し退学したのである。冗談半分の句ではあるが、きっと卒業できた漱石がうらやましかっただろう。漱石という雅号は、初めは正岡子規が自分で使うために用意したという。といっても、夏目金之助からもらった詩のなかから「漱石」の文字を引き出して、雅号に仕立てたのである。ところが一度も用いないうちに、金之助からゆずって欲しいと請われて進呈した。こうして夏目漱石というペンネームが誕生した。
『晋書』孫楚伝に「楚少(わか)き時隠居せんと欲す。/済(せい)に謂いて曰うに、/当に石に枕し流れに漱(くちすす)がんと欲すというべきに、/誤りて石に漱(くちすす)ぎ流れに枕すと云う。/済曰わく、流れは枕すべきに非(あら)ず。/石は漱(くちすす)ぐべきに非(あら)ず、と。/楚曰わく、流れに枕する所以(ゆえん)は、其の耳を洗わんと欲すればなり。石に漱(くちすす)ぐ所以(ゆえん)は、其の歯を厲(みが)かんと欲すればなり、と。《孫楚が若い頃、世を捨て隠棲しようと思った。王済にその気持ちを語ろうとして、「石を枕とし小川の流れにうがいをするつもりだ」と言うべきところを誤って、「石でうがいをし、流れを枕しようと思う。」と言ってしまった。/それを聞いて王済は、「流れを枕とすることができるかい。石でうがいをすることができるかい」と言った。/孫楚は、「流れを枕とするわけは耳を洗おうと思うからさ。石でうがいをするわけは歯を磨こうと思うからさ。」と言った。》」とあり、漱石の雅号はこの「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」の故事《間違いをも、強いて押し通すことで、負け惜しみの強いことを言う》に因んだものだという。ちなみに、国語の「さすが」に「流石」の文字を当たるのもこの故事によるものである。

 昨日は日曜日。今政治がオモロイ。午前中は報道番組に見とれて、午後は収録ビデオを見呆けて出掛けずじまい。
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4cac100c.jpg 連休で本日は体育の日。少々腰が重いが、朝食後東白鬚公園から水神橋を渡り、荒川区の隅田川沿い遊歩道を南下した。秋の陽射しの中で、暑くもなく寒くもなく空気は乾燥していて気持ちがよい。「秋の日の ヴィオロンの 溜息の/身に沁みて ひたぶるに うら悲し/鐘の音に 胸ふたぎ 色変へて/涙ぐむ 過ぎし日の 思ひ出や/げに我は うらぶれて ここかしこ/定めなく 飛び散らふ 落ち葉かな」堀口大学訳のヴェルレーヌの詩を口ずさんでみるが、うろ覚え… 東白鬚公園の南池ではカルガモが日向ぼっこ、隅田川では若者の操る水上バイクが走る。休日で遠出する人々が多いのか、遊歩道を歩いている人は少ない。
766988c7.jpg 山谷堀水門前の広場で前の家のダブルKちゃん親子がバッティングの練習をしていた。Kちゃんは吾が婆様の姪の旦那、高校生を先頭に2男1女の子持ちである。先日福岡の甥が訪ねてくれた時、「A man may lead a horse to the water, but he cannot make it drink. (馬を水際に連れて行けてもむりに飲ませることはできない)」と、思うようにならない子育ての苦労を語っていたが、Kちゃん夫婦もこれから同じ苦労をするのかと考えながら、Kちゃん一家の前途に祝福あれと願うのであった。徘徊歩数9583歩、徘徊距離6.2㎞と記録。
 政府は11日、今月下旬に召集見通しの臨時国会に、国が保有する日本郵政グループの持ち株会社、日本郵政の株式売却凍結法案を提出する方針を固め、臨時国会に提出する法案は最低限必要な計9件に限り、平成22年度予算編成を最優先課題として取り組むという。
22498d67.JPG 先週のニュースに拠れば「鳩山首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」の偽装献金問題で、同会が東京地検特捜部の要請に応じ、会計帳簿を任意で提出したことが3日、わかった。/特捜部はすでに、同会の政治資金収支報告書の寄付者欄に名前が使われた人に対する参考人聴取を始めており、提出された帳簿の分析や事情聴取の結果を基に、偽装献金の解明を進める。/会計帳簿は、政治資金規正法に定められた収支報告書の基になる帳簿で、寄付者の名前や住所、金額、日付などを記載しなければならない。同法は、収支報告書の記載が正確かどうかを確認できるよう、政治団体の会計責任者に収支報告書の公開後、3年間の保存を義務付けている。/今回、提出されたのは2004年~08年の5年分とみられ、特捜部は、収支報告書の記載に虚偽がある個所を特定するため、会計帳簿との照合作業を進める。/同会の収支報告書では、寄付者を記載する必要がない「5万円以下の献金」の年間総額が、05年以降の各年で約2700万~約4000万円に上り、国会などで「他の政治家と比べても金額が突出して多く、不透明だ」と指摘されていた。/会計帳簿には5万円以下も含めすべての寄付について寄付者などを記載しなければならず、特捜部は、提出を受けた帳簿を基に、こうした小口献金についても調べを進めるとみられる。/鳩山首相側の調査結果では、同会が実際には寄付をしていない人を「寄付者」と偽って記入したケースは、05~08年の4年間に約90人(延べ193件)、総額約2177万円だった。/(2009年10月4日03時06分 読売新聞)」とある。
f41aef8d.JPG 自民党の大島理森は幹事長就任の初の記者会見で、鳩山政権に臨時国会の早期召集を求めると同時に、鳩山由紀夫首相の資金管理団体の偽装献金問題について国会で追及する考えを強調した。鳩山首相の献金問題については「首相の法律に対するセンス、感覚が根底にある。堂々と取り上げなければいけない問題だ」と批判している。野党になった自民党は首相を追及する構えを見せるが、それで政界浄化や政治不信が払拭できるわけでもあるまい。要は個人や企業、団体献金の在りかた自体を根本的に見直し、実行することである。首相が問題の結果責任を当然のことではあるが、問題の存在を選挙前から承知した上で、政権の選択をした多くの国民のためにも、優先順位をつけた山積課題解決の進捗状況を臆せず報告すべきであろう。ゆめ「偽装献金疑惑追及」に振り回されてはなるまい。

b719e475.jpg 今朝も少々腰痛が残っていたが、朝食後何時もより距離を縮めて、吾妻橋から淺草通りを東進、京成橋から押上、桜橋通りをひと回りして帰宅した。東京スカイツリーは既に京成橋からは全容を撮影すること無理な高さになった。10月一杯には230メートルを超えるという。6868歩、4.4㎞の記録であった。

 米国のジミー・カーター(Jimmy Carter)元大統領(84)は(9月)15日、Barack Obama米大統領に対する最近の怒りに満ちた批判の背景には、人種差別があると語った。
 カーター元大統領は、米NBCテレビに出演し、「バラク・オバマ大統領に対して強く示されている敵意の大部分は、オバマ氏が黒人、つまりアフリカ系米国人であるという事実に基づいたものだ」と語ったという。カーター氏は、「わたしは(米国)南部に暮らしており、南部が大きく変化するのをみてきた。しかし、差別の傾向はいまだに残っている」と指摘。「南部だ けでなく、米国全土の白人の多くが、アフリカ系米国人にはこの偉大な米国を率いる資格が無いと信じている。だからこそ、この差別が表面にまで吹き出してきたのだろう」と語り、「これは憎むべき状況であり、わたしは深い悲しみと懸念を感じる」と述べたともいう。
 前の週には、下院で演説中のオバマ大統領に対し、共和党のジョー・ウィルソン(Joe Wilson)下院議員が「うそつき」とやじを飛ばす騒動があった。また、ワシントンD.C.(Washington D.C.)では、オバマ政権の政策に抗議して、数千人が抗議デモを行った。民主党議員や政治コラムニストらも、やじを飛ばしたり、銃で示威行動を行ったり、説教師が信者らにオバマ氏の死を祈るよう先導するといった最近の傾向を指摘し、危険なことだと警告している。
cd21b5b4.JPG こんな折も折、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞のニュースが舞い込んだ。アメリカの White Racialism(白人の人種的偏見)は根絶されていないという。とくに教育水準の低い白人層にその傾向が強いという。今回の未だ成果なき、早すぎる受賞が、アメリカのこういう輩(やから)を刺激して、キング牧師やケネディの二の舞を起こさなければよいがと懸念するのである。爺の杞憂に終ればよいが…
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目高 拙痴无
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1932/02/04
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くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
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