瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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今日は三社様(淺草神社)の祭礼。浅草寺縁起(由来)については飛鳥時代に遡る。推古天皇36(628)年3月18日の早朝、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁撈(ぎょろう)中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得(かんとく)した。郷司(ごうじ)土師中知(はじのなかとも:名前には諸説あり)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依(きえ)し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝(らいはい)供養に生涯を捧げた。
 大化元年(645)、勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏と定められ、以来今日までこの伝法(でんぼう)の掟は厳守されているという。
 広漠とした武蔵野の一画、東京湾の入江の一漁村にすぎなかった浅草は参拝の信徒が増すにつれ発展し、平安初期には、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)(794~864、浅草寺中興開山・比叡山天台座主3世)が来山し、お前立のご本尊を謹刻したという。
 鎌倉時代に将軍の篤い帰依を受けた浅草寺は、次第に外護者として歴史上有名な武将らの信仰をも集め、伽藍の荘厳はいよいよ増した。江戸時代の初め、徳川家康によって幕府の祈願所と定められてからは、堂塔の威容さらに整い、いわゆる江戸文化の中心として、大きく繁栄したのである。かくして都内最古の寺院である浅草寺は、「浅草観音」の名称で全国的にあらゆる階層の人達に親しまれ、年間約3000万人もの参詣者が訪れる、民衆信仰の中心地となっている。
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 夕刻、我が家の前を町内神輿が通った。


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27546e59.jpg 東京の日の出は午前4時40分頃。今朝は寝坊して家を出たのは5時10分。外ではもう陽があたっているが、風は冷たい。墨堤通りを北上、東白鬚公園の南ゲートから梅若橋を越え北ゲートを出て、再び墨堤通りに。綾瀬橋を渡りイニシア千住曙町のテラスを通って、千住汐入大橋を渡り汐入公園を南下し、帰宅した。11270歩、7.32kmの徘徊と記録されていた。
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b08b3c1b.jpg  川筋に沿って青シートの小屋が方々に見られるが、季節が暖かくなる従って公園のベンチ、ガード下などには毛布に包まったホームレスの姿が多くなる。川を上り下りする船も多くなったように思える。土手にはシロツメグサの絨緞が広がり、ぺんぺん草やヒメジョオンの花が見られる。よく見ると紫陽花も花芽を付けている。
 このブログを始めたのは2008年5月14日(水)とあるから、今日で丸々2年描き続けたことになる。まあ、我ながら埒もない駄文や同じような写真を恥じらいも無くよく載せてきたものだと感心する。
 朝刊(朝日)1面に「小沢氏、政倫審出席へ」の見出しが目に入る。今朝のウェブニュースから。
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46c4320c.JPG  小沢氏が政倫審出席の意向 再聴取を意識し、“みそぎの場”に利用か ――  民主党の小沢一郎幹事長が衆院政治倫理審査会(政倫審)で弁明する意向を党幹部に伝えたのは、夏の参院選に向けて、自ら説明責任を果たしたとアピールする方が得策と判断したためのようだ。衆院で過去8回開かれた政倫審は原則非公開で、登院自粛などの勧告はできるが証人喚問とは異なり偽証罪には問われない。これまでも疑惑持ち議員が、“みそぎの場”として利用してきた。/東京地検特捜部が小沢氏に3回目の事情聴取を要請した12日夕、小沢氏は国会内の幹事長室で、山岡賢次国対委員長、三井辨雄(わきお)国対委員長代理と会談した。/山岡氏が「ご自身で説明されたらいかがでしょう」と意見具申すると、小沢氏は「そうだ。いつでも出る」と応じた。/民主党幹部は「これまでも幹事長は『きちんとした場で説明したい。政倫審はおれが作った』と言っていた」と語った。/ただ、小沢氏は2月には「どこであれ話すが、政倫審であれ、何であれ、検察の捜査に勝るものはない」と述べ、出席に否定的な考えを示していた。しかし、内閣や党の支持率低下がやむ気配はなく、国会では自民党が小沢氏の証人喚問や参考人招致に応じることが法案審議の前提だと主張してきた。小沢氏が政倫審出席の意向を示したのは、特捜部による事情聴取要請も意識したものとみられる。/政倫審出席後、議員辞職に追い込まれたのは、平成14年に秘書給与流用疑惑がもたれた田中真紀子元外相だけ。◇民主党幹事長室は12日夜、小沢氏に対する事情聴取について報道各社に「何か具体的な動きがありましたら、記者会見やぶら下がり取材でしっかりと対応致しますので、バイクなどでの追跡は控えていただければ幸いです」と要望した。    (産経ニュース、2010.5.13 00:43)
 昨日は午後3時30分、家を出て花川戸のクロネコで友人向けの冊子4部と親戚向けのCD4セットをメール便で発送。その足で渋谷に向う。約束は「午後4時50分、到着ホーム最終部の改札を出て階段を降りたところ」と言う指示。
33c158d5.jpg 渋谷到着は4時20分。久し振りの渋谷ゆえ少し歩いてみようと、最終部改札をでると階段を降り、約束の場所を確かめて、駅の周辺を散策。再び、約束の場所に来たのが4時40分。ここで待つこと30分、5時10分を過ぎたが相手の姿なし。最初の待ち合わせ場所ハチ公像周辺を回ること2度。階段を上下すること3度。
 諦めて、帰宅すると6時を過ぎていた。いきなり婆様がガミガミ。反発すればこちらが不快になるだけ。「今日は結婚記念日だ」と竹輪耳を決め込む。相手は午後4時30分から改札口で待っていたとのこと。まあ、善意のすれ違い。いたし方あるまい。
 今日は、雨模様。徘徊は止める。
 今日は、爺の61回目の結婚記念日。1959(昭和34)年5月11日、九段会館で20名ほどの形ばかりの結婚式であった。全部嫁はんの実家におんぶに抱っこの式であった。5月2日に甥の息子の結婚式に出席したが、格段の差を感じた。
 幡ヶ谷に間借りをしての新婚生活であったが、この春から始ったテレビドラマの「ゲゲの女房」の生活そのままであった。今まで朝ドラは余り見なかったのだが、そんなわけで今回の朝ドラは徘徊から帰宅すると7時45分からBS2で欠かさず見るようにしている。
 今日は午後から横浜のN兄と渋谷で会う約束をしているし、朝から雨模様なので大事をとって徘徊を休んだ。甥の息子の結婚式に撮った写真を整理して、両家と当事者であるM&Sご両人にCDを送付することにした。
 今朝のウェブニュースから。
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e365d343.JPG 普天間5月末決着先送り、閣僚から意見相次ぐ ―― 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題の5月末決着先送りについて11日、閣僚から解釈の異なる意見が出された。/北沢俊美防衛相は「5月末の姿をどうみるかの話で、交渉が残るのは仕方ない。大きな枠組みをつくり、どの程度のものが解決でき、どの程度のものを5月末以降も協議していくかは当然現れる」と述べ、決着を先送りせざるを得ないとの見方を示した。米国、地元、連立与党の3者の合意については「全部クリアできれば一番いいが、少なくとも連立与党の合意は早急にやらないといけない」。地元との調整については「誠心誠意、説明する」と語った。/一方、前原誠司国土交通相(沖縄北方担当相)は「5月に何らかの決断をして、さらにそれを進めていくということだ」と述べ、5月末決着を先送りする考えはないとの認識を示した。ただ「米国、地元、連立与党の3者が大きなファクター。地元にも賛成論もあれば反対論もある。5月31日で100%の方々に賛成を得るということはなかなか難しい」と指摘した。/国民新党代表の亀井静香郵政改革・金融相は「地元の感情、日本国民全体の感情、米国の軍事政策上の観点をきちんと満足させる案が手品みたいに一挙にできないからといって、批判しまくるのはどうか」と鳩山由紀夫首相を擁護。「5月末までにピタリとすべてがオーケーだという状況が出ないからと言って、『けしからん。連立政権を解消します』とはならない」と予防線を張った。
(産経ニュース、2010.5.11 11:13)
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0aa41524.jpg 未だ暗い午前4時過ぎに家を出る。昨日は母の日で、両国で5月場所が始った。自然と脚が南に向く。旧暦27日の月が言問橋の上に出ているが、時々風に流される雲に隠れる。隅田公園を抜けると、江戸通りを南下、駒形、蔵前、柳橋を通って、両国橋へ。
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9657a8ae.jpg 両国橋を渡ると陸奥部屋の前を通って国技館に出る。5時を過ぎようかというのに、ガラス越しに見える稽古場は真っ暗で人影は見えない。一昔前は暗いうちから4時ごろから稽古が始ったものだが、相撲界も色々の事情抱え厳しさが減ったのかな。それとは逆に幟は派手なものばかり。
b0297440.jpg 両国の水上バスステーションからテラスに降りて、吾妻橋まで北上。吾妻橋を渡ると隅田公園を北上して帰宅した。




 寝坊して5時に起床。5時10分に家を出ると台東区がわの隅田川を北上。左に石濱神社を見ながら荒川区の遊歩道を北上。汐入公園に入る。胡録トンネル上の展望台ではオオムラサキツツジが満開。バーベキュー広場では地元の爺ちゃん婆ちゃんが集まって太極拳をやっている。汐入公園内のさくら橋を渡り、千住汐入大橋に出る。イニシア千住曙町のテラスに立つと水神大橋と千住汐入大橋の間で隅田川が大きく彎曲しているのが判る。墨堤通りから東白鬚公園の北ゲートから公園内に入る。梅若橋を越えた木母寺前には地元の人々が集まっている。時計を見ると6時30分、ラジオ体操が始まる時刻である。
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959a5ce0.jpg 5月8日というのに、まだ片付けられていない向こうにスカイツリーが聳え立つ。南ゲートから明治通りと墨堤通りの交差点に出る。墨堤通りを南下、桜橋を渡って帰宅する。時に7時10分。本日は少々歩きすぎかな? 万歩計は13402歩、8.71㎞と記録されていた。

 最近の政治の迷走ぶりはどういうことなのだろう。老子先生曰く、「夫輕諾必寡信、多易必多難。(それ軽諾は必ず信寡く、易きこと多ければ必ず難きこと多し。)」
 まあ、我々凡人はそれに半分は棺おけに足を突っ込んでいる爺は「いまは黙して行かん、なにを また語るべき」やである。 今朝のウェブニュースより。
5月末に民主党"反小沢クーデター"勃発 小沢辞任で民主党は蘇るのか ――
 鳩山政権がなぜ、発足から短期間でここまで追い込まれたのか。
 政策の転換には、それを押し戻そうとする霞ヶ関の巨大な慣性力が働く。普天間問題では、鳩山首相は首尾一貫して、「県外、できれば国外」に移転すると言って来たが、まとめ役である平野官房長官、岡田克也・外相、北沢俊美・防衛相の担当3大臣がバラバラに案を練り、動いたことでいたずらに時間がかかり、事態が一層こじれた。/理由は簡単である。本来、総理の方針に沿って動かなければならない防衛省と外務省の事務方が、小泉政権時代に両省が決定した「辺野古沿岸案」に戻すために、サボタージュしたからだ。/「外務省も防衛省も政治主導を掲げる大臣たちに好きにやらせながら、面従腹背で米国には『全部の案を蹴っていれば最後は元に戻る』とささやいていた。そのため総理や平野長官は最後は役人に『知恵を出せ』と泣きつき、当初案の微修正でお茶を濁すしかなくなった。素人同然の大臣たちなど、赤子の手をひねるようなものでしょう」(首相官邸スタッフ)。/総理や大臣の力量不足と言ってしまえばそれまでだが、官僚を動かすには良くも悪くも「権力」が必要なのだ。普天間問題では首相官邸がすべて取り仕切り、権力者の小沢幹事長がにらみを利かせなかったことが官僚のサボタージュを成功させたという側面があることは否定できない。/官僚が民主党政権を手玉に取るには、「権力」を空洞化させることが一番都合がいい。つまり、小沢失脚である。東京地検特捜部が執拗に小沢氏への捜査を続けるのも、そう見るとわかりやすい構図だろう。実は、小沢氏の資金管理団体「陸山会」の政治資金事件で特捜部が今年2月に小沢氏本人の「不起訴」の方針を決めた後も、検察側はあきらめていなかった。/最高検はその直後の3月1日付けで最高検検事の大鶴基成氏を東京地検次席検事に異動させた。大鶴氏は元特捜部長で陸山会事件では最高検の東京担当として佐久間達哉・現特捜部長を指揮して捜査を主導した人物であり、着任後は特捜部長時代の部下を集めて水面下で小沢氏周辺の捜査を継続させていた。そこに検察審査会の「起訴相当」の議決がでたことで、再捜査の大儀名分を得た形となった。/検察は3ヶ月後の7月末までに改めて小沢氏を起訴するかどうかの結論を出すが、実際にはそんなに時間の余裕はない。今年6月中旬には検察首脳人事が行われ、樋渡利秋・検事総長が退任して後任には大林宏・東京高検検事長が就任することが固まっている。それを受けて佐久間特捜部長らも交代すると見られており、"小沢氏起訴"に持ち込む場合、タイムリミットは6月だ。小沢VS特捜部の戦いはこの6月に最終段階に入るとみていい。しかも、それを過ぎると検察には不利な材料が重なる。
f35a0439.JPG  検察は陸山会事件の前に、昨年3月には東京地検が西松建設事件で小沢氏の公設秘書だった大久保隆規・被告を逮捕し、6月には大阪地検が当時の民主党副代表・石井一参院議員の口利きで身体障害者団体の偽の証明書を発行したという事件で厚生労働省の村木厚子・元局長を逮捕した。/総選挙前に民主党の代表と副代表がからんだ事件を摘発したことで検察は、「政権交代をつぶすための政治的捜査ではないか」との批判をあびたが、その後の両事件の公判で、証人が次々に供述を翻して捜査を批判するなど、検察は不利な立場に立たされている。とくに厚労省の女性元局長の公判では、石井は関与しておらず、事件そのものが大阪地検特捜部の"でっちあげ"による冤罪だった可能性が強まっている。その判決は7月に予定されており、無罪判決が出ると検察の一連の捜査がやっぱり政治的なものだったと大きな批判を浴びるのは間違いない。/「陸山会事件では特捜部は小沢氏を立件するための証拠が足りず、起訴しても公判維持は難しいと判断された。それは今も変わらないが、一連の判決前に小沢氏が辞任に追い込まれれば、特捜部はたとえ小沢氏を起訴できなくても政治的に勝利できる」(検察OB)。/検察側も民主党内の"反小沢クーデター"を期待するという本末転倒ぶりだ。/まさに国民不在の政争ではないか。
(政界インサイドレポート2010年5月 8日 08:00 ◆小沢再捜査に走る検察の事情)
 

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7d462779.jpg 午前4時20分、まだ明け初めぬ言問橋を渡り、北十間川に架かる東武橋に出る。スカイツリーは頂上を見上げていると首が痛くなるほど高くなった。東武橋の上からスカイツリーの全体像を撮るが、爺のカメラでは一杯、これ以上高くなると東武橋の上からでは全体が撮れなくなるだろう。標示板にある本日の高さは368mとある。

9c6c19b5.jpg 東武橋を渡り淺草通りを東進すると、長養山春慶寺がある。それこそ寺らしくない豪奢な鉄筋ビルの寺であるが、通りに面して鶴屋南北の墓が設えてある。元和元年(1615年)浅草森田町の地に、真如院日理上人によって創建された日蓮宗の寺であるが、寛文7年(1667年)に浅草から本所押上村に移転、現在まで約400年の歴史を持つ由緒ある寺だということである。
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 淺草通りを横十間川が架かる柳嶋橋まで東進し、横十間川に沿って南下し亀戸天神に立ち寄る。太鼓橋の上に出ると北西方向にスカイツリーが見える。今は藤が真っ盛りである。境内をひと回りして、来た道を引き返す。
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892412e0.jpg 柳島橋を西に向って渡ると、淺草通りの北側を流れる北十間川に沿って京成橋まで進む。十間橋の上に立つと、スカイツリーの全体像が川面に映っている。京成橋側にもスカイツリーの高さを示す標示板が設置されたようだ。ここにも368mと記された文字が読み取れる。

75cbb51a.jpg 京成橋を渡り桜橋通りを西に進み、桜橋を渡って帰宅した。桜橋通りの水戸街道と墨堤通りの間にある小料理屋の前に珍しい黄色の藤が植えてある。去年もカメラに収めたが、今年も綺麗な総をぶら下げていた。

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dbb9f02e.jpg 午前4時半頃から辺りが白み始める。一週間振りに桜橋~水神大橋間を徘徊する。4月にはあれだけ沢山居たユリカモメが、すっかり居なくなった。まだ薄暗い空に突っ立つスカイツリーの上に下弦の月が輝いている。東白鬚公園では一昨日・昨日と鯉幟フェスティバルが行われたらしい。公園の南池ではマガモの雌雄がデートしていた。木母寺の前の花壇には色とりどりの草花が咲き誇っている。

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 一昨日は爺の高校時代の同窓会「硯友会」東京支部の総会があるあるというので、8名の同期生を誘って、九段のグランドパレスホテルまで出掛けた。東京支部の役員さんが変わったということで、ある程度の期待を持って参加したのだが、まあ、今までとあまり代わり映えはしていない。まあ、我々爺はこの辺りが引き時かもしれない。あとは若い連中好きなように運営していけばよいのだろう。
 帰りにF君、N君と日本橋で飲みなおし、昨日は2日酔いで1日中気持ち悪く、一日中家に引きこもってテレビに齧り付いていた。
 沖縄では基地反対集会に9万人が集まったと言うことである。今では普天間の基地の移転先を日本の何処に求めても反対に合うだろう。そもそも米軍基地があるから日本の安全が保たれているのだろうか。日米安全保障も考え直す時が来たのではないだろうか。それこそ本当に有事のことがあれば、日本に米軍基地があることで、却って日本の安全が冒されると言うことだってありうるのではなかろうか。
 本日は桜橋~千住汐入大橋間の隅田川周辺をひと回りする。
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ddc276c0.jpg 今朝のNHKテレビから。
 普天間“今週 日米間の協議” ―― 沖縄の普天間基地の移設問題をめぐって、アメリカのキャンベル国務次官補は、今週、ワシントンで、問題の具体的な進展に向けた日米間の協議が行われることを明らかにしました。/オバマ政権で対日政策を担当するキャンベル国務次官補は、27日から日本を訪れるのに先立って、25日、ワシントン郊外の空港で記者団の質問に答えました。この中でキャンベル次官補は、普天間基地の移設問題をめぐり、日本政府内で、キャンプシュワブの沿岸部に滑走路を建設する現行案を修正して、陸上から遠ざける案や、沖合の浅瀬にくいを打ち込みその上に滑走路を造る案などが出始めていることについて、「特定bf1c8066.JPGの案や、岡田外務大臣とルース駐日大使との会談の内容について、コメントするつもりはない」と述べました。その一方で、キャンベル次官補は「最近の日米間の協議で示されたいくつかの要素には、勇気づけられている。日本側のチームがワシントンに来るので、あすから協議を行い、沖縄をめぐる問題の次の段階について話し合いたい」と述べ、今週、ワシントンで、問題の具体的な進展に向けた日米間の協議が行われることを明らかにしました。また、キャンベル次官補は、25日に行われた沖縄の県民大会について、「沖縄の人々の負担を軽減するために、日米両国が協力して手だてを講じなければならないことが、あらためて明確になった」と述べました。  (NHK、4月26日 4時24分)
 本日は朝から今にも降り出しそうな天気。途中で降られてはと徘徊は取り止め。ウェブニュースに目を通す。

076a9a99.JPG 鳩山首相、「全ての政策実現に職を賭して頑張る」=党首討論 ―― [東京 21日 ロイター]通常国会3回目の党首討論が21日行われ、米軍普天間基地移設問題の決着見通しと責任論をめぐって激しい応酬が展開された。/鳩山由紀夫首相は、決着期限と定めた5月末を変える考えがないことや、移設先として県外を模索する考えに変わりがないことを強調し、「全ての政策実現に向け職を賭して頑張る」と反論した。ただ2回目の党首討論で飛び出した「腹案」は示されず、移設先選定をめぐる情勢が混迷するなか防戦一方だった。/党首討論は、第2回同様、野党が普天間問題や鳩山政権のマニフェスト違反を追及。自民党の谷垣禎一総裁は鳩山首相のあいまい発言をやり玉にあげ「沖縄の危険性除去とは普天間基地の全面返還ではないのか。もしそうであれば、(日米間の合意である)現行案からの大きな後退、先送りだ」、「徳之島の人々にこれだけ不安をあおって、腹案とは何か明らかにすべき」、「最低でも県外(との考え)は今でも生きているのか」などとただした。/これに対して鳩山首相は「県外に移設先を求めていくという気持ちは変わっていない」と述べる一方で、抑止力の観点から「沖縄から遠くに移すことは適当でない」としたが、「腹案」については申し上げられないと語った。5月に政府・与党案を作り移設先と米国の了解を得るとの方針に変わりないかとの質問に「移設先の理解、米国も理解してくれないと話にならない。連立合意も必要。それを行いしっかり決着させる。5月末の時期を変えるつもりはない」と言明した。/しかし、移設先候補として検討されているとみられる鹿児島県徳之島の3町長が平野博文官房長官との会談を拒否する考えを伝えるなど、移設先選定をめぐる混迷は一層深まっており、5月末までの決着は困難との見方が強まっている。/討論の最後に、谷垣総裁は「努力するとか根性入れて頑張るとかということをただしたのではない。職を賭してやるんだという覚悟をあたなに示してもらいたい」と首相の決意をただすとともに、「あなたは3つのものを破壊してきた。第一に日米同盟をはじめとする日本の国際社会における信頼の基礎を完全に崩した。第二が財源なきバラマキ。来年は予算を組めるのか。このままでいったら日本の財政は破壊される。財政が破壊されるだけでなく国民生活の明日が破壊されてしまう。第三が、政治とカネ、マニフェスト違反がありながら、誰も責任を取ろうとしない。こういうことが政治と国民の信頼関係の基礎を裏切ってきた」と追及した。/鳩山首相は「誰がこの国をここまで導いてしまったのか。誰がここまでバラマキ政治を行ってきたのか」と反論。「(前政権の)負の遺産を早く払しょくするために全力を挙げ、全ての政策の実現に向けて職を賭して頑張る」と述べた。問題解決の決意表明の表れとはいえ、自身の責任論にも踏み込んだ。  (2010年 04月 21日 18:06 JST)

6c254953.JPG 渡部恒三氏:「小沢君は絶対辞めない」名古屋の講演で ―― 民主党の渡部恒三元衆院副議長は21日、名古屋市であったミッドランド毎日フォーラム(毎日新聞社主催)で講演し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題で「候補地がない場合は沖縄の皆さん、生活向上のためにできる限りのことをするとおわびして受け入れてもらうこともありうる。内閣総辞職にはならない」と述べ、国外、県外移設が実現できなくてもやむをえないとの見方を示した。/また渡部氏は「小沢(一郎幹事長)君は絶対に辞めない。普通なら鳩山(由紀夫首相)、小沢体制で(参院選に)臨むしかない」としたうえで、「ポスト鳩山」について「普天間問題の責任で首相が辞めたら、岡田克也氏は(担当の)外相なので難しい。常識的には副総理の菅直人氏だ」と述べた。 (毎日新聞 2010年4月22日 東京朝刊)

JICA.JPG 年間売上高の8割がJICA関連 OB企業、集中受注 ――  外務省所管の独立行政法人・国際協力機構(JICA)と関連法人の渡航・航空券手配や海外からの研修生の受け入れの業務について、JICAの天下りOBが歴代の社長を務める会社が受注を繰り返していることが分かった。JICA関連の受注は、同社の年間売上高の8割前後に上っている。 /JICAの渡航費用をめぐっては、昨秋の事業仕分けで「割高だ」と批判されていた。渡航の業務発注で、JICAの公金が天下り会社に流れ込む構図が明らかになった。JICAは、23日から始まる事業仕分け第2弾でも対象となっている。 /この会社は、「国際サービス・エージェンシー」(本社・東京)。同社やJICAの説明によると、同社は1983年、損害保険代理業務を行うことを主な目的に設立され、86年から旅行代理業務も手がけている。過去5代の社長はすべてJICA出身で、現在の社長と専務の2人もOBだ。また、2000年以降、OB3人が役員として同社に再就職している。 /同社が受注しているJICA関連のビザ取得や航空券を手配する業務には、(1)JICAからの直接ルート(2)関連法人を経由した間接ルートの2通りある。 /(1)では、役職員や海外に派遣する人たちの航空券の手配などで、受注額は06~08年度の3年間で計41億8千万円。JICAは毎年、旅行業者十数社を会社の実績などに応じて指定業者に選定、職員らがその中から自分で発注する仕組みになっている。同社の08年度の受注額は指定業者14社のうち2番目に多かった。 /職員らは予約やビザ取得の早さ、連絡の頻度などで選ぶケースが多いという。だが、ある元職員は「ある年の同社の取扱額が少なかったため、上司から海外出張の際に使うように指示されたことがある」と打ち明ける。 /また、(2)では、JICAから事業を受注し、OBを受け入れている関連法人の財団法人・日本国際協力センター(JICE)と財団法人・日本国際協力システム(JICS)からも同社は渡航・航空券手配業務を受注。この間接ルートの受注額も06~08年度で計27億5千万円に上る。JICEは同社への発注について「JICAの業務を取り扱っているため、業務効率が良かった」などと説明する。JICE受注のJICAの研修監理事業では、会計検査院から割高な航空券手配により08年度で約7千万円を節約できたはずと指摘されている。 /さらに、国際サービス・エージェンシーはJICA発注の海外研修生受け入れ業務を07年度まで随意契約で受注。08年度は3年契約を前提とした提案型の入札方式だったが、同社だけの「1社応札」で受注に成功した。08年度の受注額は5億5千万円。/同社の売上高は08年8月期で35億2千万円、09年8月期で41億4千万円。JICAや関連2法人から同社への08年度の発注総額は31億2千万円。JICAなどと同社の決算期がずれているため一概には比較できないが、同社の年間収入の8割前後がJICA関連といえる。 /JICA関連の受注が多いことについて、同社幹部は「海外出張などでの的確な手配のノウハウを蓄積し、営業活動を一生懸命やって契約を取っている。正々堂々と勝負している」と話した。 /JICA広報室は「OBの役員がいるという意味では特別だが、他にも取引額が多い業者はいる。優遇していることはない」としている。 (asahi.com 2010年4月22日3時2分)
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
93
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


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