瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
范巨卿については、六朝時代の怪奇小説「捜神記」、もっと古くは後漢書「獨行列伝」にある。
過故人莊 孟浩然
故人具鷄黍 故人(こじん)鷄黍(けいしょ)を具(そろ)え
邀我至田家 我(われ)を邀(むか)えて田家(でんか)に至(いた)らしむ
綠樹村邊合 綠樹(みどりき)村邊(そんぺん)に合(あわ)し
青山郭外斜 青山(ちんさん郭外(かくがい)に斜(なな)めなり
開筵面場圃 軒(けん)を開(ひら)きて場圃(じょうほ)に面(めん)し
把酒話桑麻 酒(さけ)を把(と)りて桑麻(そうま)を話(はな)す
待到重陽日 重陽(ちょうよう)の日(ひ)を待(ま)ち到(いた)り
還來就菊花 還(ま)た來(きた)りて菊花(きくか)に就(つ)かん
昔なじみが、鶏と黍(きび)の料理のもてなしを準備して、
わたしを農家に招いてくれたので行った。
緑の樹々が、村の周囲に繁り合わさって、
青い山々が、郊外に斜めに連なって見えている。
長い廊下の窓を開けて、穀類を乾燥させる庭に面して、
酒をとっては、桑や麻のことなどの農事を話題にしている。
九月九日の重陽の節を待って、
また訪れて、菊花を愛で、菊花酒を飲みたいものだ。
※具鶏黍 鶏を絞め、黍飯を炊いてもてなすのは農家のご馳走であるが、一般に貧しい中でも客をもてなす場合の表現として用いられる。ことに後漢の范式と張劭が都で友人となり、別れるときに范が二年後の某日に張の家を約束したので、劭が鶏を絞め、黍飯を炊いて待っていると、式がはたして千里の道を訪ねてきたという故事があるところから、固い信義に結ばれた友人間を象徴するものとして用いられる。
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目高 拙痴无
年齢:
93
誕生日:
1932/02/04
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sechin@nethome.ne.jp です。
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