瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
三社祭、金環日食、スカイツリー開業と、ここのところ我が家の周辺は騒がしい。そんなことはどこ吹く風と決め込んで、朝の徘徊以外は、家に篭りがちの毎日。今朝のウェブニュースより、
スカイツリー&金環日食に多くの観光客 ―― 22日開業の東京スカイツリーと金環日食を同時に見ることができる東京都墨田区の観測スポットには、21日早朝から観光客が集まった。午前7時34分ごろ、雲の切れ間からスカイツリーの横に金環日食が顔を出すと、空を見上げていた人たちから一斉にため息が漏れた。/「きれいに見ることができて本当に良かった」。日食を見るために北海道北見市から訪れた門間秀行さん(66)は顔をほころばせた。東京では、通勤途中の多くのサラリーマンが日食グラスや携帯電話を空に向け、仕事前のしばしの観察を楽しんだ。/結婚指輪にも例えられる金環日食。鹿児島県指宿市の「指宿白水館」では、同市のサッカーチーム監督山口貴久さん(36)と妻の麻依さん(20)が結婚式を挙げ、2人は海辺のデッキで親族らに見守られながら、結婚指輪をはめた手を空にかざした。約10分後に雲の切れ間からリング状の太陽が姿を現すと、参加者から「すごい」と歓声が上がった。/和歌山県串本町の潮岬は雨上がりの薄曇りで、太陽が隠れるたびに、「雲よ、どけー」。神戸市西区からツアーで訪れた瀬尾茂さん(60)が「指輪のようでプロポーズした遠い昔を思い出した」と話すと、隣の妻は照れ笑いしていた。/動物がどんな反応を見せるのかを観測してもらおうと、開園時間を前倒しした横浜市の「よこはま動物園ズーラシア」には約2800人が訪れた。ニホンザルが体を寄せ合う光景が見られた。担当者は「気温が下がったためではないか」と推測する。/金環日食は被災地の福島県でも。国内で観察できるほぼ北限にある、南相馬市立石神中学校では、全校生徒約200人が校庭で観察できた。原発事故のため隣接する相馬市に避難する3年の松本優美さん(14)は「金環日食になるときに雲が薄くなったので、ラッキーと思いました」と目を輝かせた。/一方、福島県富岡町などから避難する約480人が暮らす同県郡山市の仮設住宅では、曇り空に人々が「晴れて」と叫ぶ声もむなしく、観察できなかった。志賀清民さん(59)は「残念だけど、みんなが集まるいい機会になった」と話した。(共同) [nikkansports.com 2012年5月21日11時36分]
後漢書 獨行列傳 より 范式(2)
後到京師、受業太學。時諸生長沙陳平子亦同在學、與式未相見、而平子被病將亡、謂其妻曰:「吾聞山陽范巨卿、烈士也、可以託死。吾歿後、但以屍埋巨卿戶前。」乃裂素為書、以遺巨卿。既終、妻從其言。時式出行適還、省書見瘞、愴然感之、向墳揖哭、以為死友。乃營護平子妻兒、身自送喪於臨湘。未至四五里、乃委素書於柩上、哭別而去。其兄弟聞之、尋求不復見。長沙上計掾史到京師、上書表式行狀、三府並辟、不應。
〔訳〕そのあと范式は京都に上り、太学で勉強した。そのころ、長沙郡〔湖南省長沙県〕の陳平子という書生も、同じく在学していた。范式とまだ会ったことはないが、平子が病気で死にかけた時、妻にこういい残した。
「山陽の范巨卿どのは侠気(おとこぎ)があり、死後を託するのに足る人と聞く。わしが死んだら、屍骸を巨卿どのの部屋の戸の前に埋めよ。それだけでよい」
白絹を裂いて、巨卿あてに手紙を書き残した。平子が死ぬと、妻は遺言どおりにした。その時、范式は旅に出ており、やっと帰って、書置きを読み、屍を埋めたあとを見て、痛ましく思い、塚に向かって拝礼して泣き、自分の死友だと思った。そこで平子の妻子を世話し、自身で棺を送って臨湘県〔湖南省長沙県〕に向かった。四、五里〔一里は0.4キロ〕手前まで来ると、例の絹の手紙を棺の上に置き、棺に向かって別れの涙を流し、そのまま立ち去った。平子の兄弟はそれと聞いて、後を追って捜したが、もう姿がみえない。長沙県から年度末の会計報告に上京した役人が、上層して范式の善行を明らかにした。三公〔太尉・司徒・司空〕の役所からそれぞれ招きがあったが、范式は受けない。
舉州茂才、四遷荊州刺史。友人南陽孔嵩、家貧親老、乃變名姓、傭為新野縣阿里街卒。式行部到新野、而縣選嵩為導騎迎式。式見而識之、呼嵩、把臂謂曰:「子非孔仲山邪?」對之歎息、語及平生。曰:「昔與子俱曳長裾、遊集帝學、吾蒙國恩、致位牧伯、而子懷道隱身、處於卒伍、不亦惜乎!」嵩曰:「侯嬴長守於賤業、晨門肆志於抱關。子欲居九夷、不患其陋。貧者士之宜、豈為鄙哉!」式敕縣代嵩、嵩以為先傭未竟、不肯去。
〔訳〕州から茂才〔官吏登用の一資格〕として推薦され、四度昇進して荊州〔湖南・湖北・広西省〕の刺史〔地方官の治績を検察する〕となった。式の友人南陽〔河南省〕の孔嵩(こうすう)は、家は貧しく、親は年老いている。そこで姓名を変え、新野県〔河南省新野県〕阿里〔村の名〕の巡査に雇われていた。范式が所轄区域を巡察して、新野までやってきた。県では孔嵩を先導の騎兵に選び、范式を迎えさせた。范式は一目見てそれとわかった。嵩の名をよび、腕をつかんで言った。
「君は孔仲山〔嵩の字〕どのではないか?」
嵩に向かって溜息をつき、昔話になる。
式「昔、君と一緒に長い裾を引き摺り〔儒者の服は裾が長い〕、都の学校に集まったものだ。私は国恩を蒙って地方長官にまで出征したが、君は立派な徳を持ちながら身を隠して一兵卒の身分でおる。惜しいことではないか」
嵩「昔、侯嬴(こうえい)は数十年も門番という低い職に甘んじた〔『史記』刺客伝〕。晨門は門番をしながら自分の道を楽しんでいた〔『論語』憲問篇参照。晨門は門番の意であるが、ここでは固有名詞にとる〕。孔子は九夷〔えびすの国〕に住もうと思い、土地の貧しさを気にかけなかった〔『論語』子罕篇〕。貧乏は士として当然のこと。どうして私の仕事が賎しいといえよう!」
范式は県令に命じ孔嵩を交替させようとしたが、嵩は日当ぶんの仕事がまだ終らぬからといって、下番することを承知しなかった。
嵩在阿里、正身厲行、街中子弟皆服其訓化。遂辟公府。之京師、道宿下亭、盜共竊其馬、尋問知其嵩也、乃相責讓曰:「孔仲山善士、豈宜侵盜乎!」於是送馬謝之。嵩官至南海太守。式後遷廬江太守、有威名、卒於官。
〔訳〕孔嵩は阿里にあって、身の行いを厳正にし、町中の子弟はすべて嵩に感化された。ついに三公の役所から招聘され、京都に赴く。途中、小さな宿場に泊まった時、盗人たちが嵩の馬を盗んだが、やがてそれが孔嵩だと知ると、盗人たちがお互いに責め合った。
「孔仲山は良い方じゃ。その人から盗んでよいものか!」
そこで馬を返して詫びた。嵩は南海郡〔広東省〕太守にまで昇った。范式はその後、廬江郡〔安徽省〕太守に栄転し、威名が高かった。在任中になくなった。
スカイツリー&金環日食に多くの観光客 ―― 22日開業の東京スカイツリーと金環日食を同時に見ることができる東京都墨田区の観測スポットには、21日早朝から観光客が集まった。午前7時34分ごろ、雲の切れ間からスカイツリーの横に金環日食が顔を出すと、空を見上げていた人たちから一斉にため息が漏れた。/「きれいに見ることができて本当に良かった」。日食を見るために北海道北見市から訪れた門間秀行さん(66)は顔をほころばせた。東京では、通勤途中の多くのサラリーマンが日食グラスや携帯電話を空に向け、仕事前のしばしの観察を楽しんだ。/結婚指輪にも例えられる金環日食。鹿児島県指宿市の「指宿白水館」では、同市のサッカーチーム監督山口貴久さん(36)と妻の麻依さん(20)が結婚式を挙げ、2人は海辺のデッキで親族らに見守られながら、結婚指輪をはめた手を空にかざした。約10分後に雲の切れ間からリング状の太陽が姿を現すと、参加者から「すごい」と歓声が上がった。/和歌山県串本町の潮岬は雨上がりの薄曇りで、太陽が隠れるたびに、「雲よ、どけー」。神戸市西区からツアーで訪れた瀬尾茂さん(60)が「指輪のようでプロポーズした遠い昔を思い出した」と話すと、隣の妻は照れ笑いしていた。/動物がどんな反応を見せるのかを観測してもらおうと、開園時間を前倒しした横浜市の「よこはま動物園ズーラシア」には約2800人が訪れた。ニホンザルが体を寄せ合う光景が見られた。担当者は「気温が下がったためではないか」と推測する。/金環日食は被災地の福島県でも。国内で観察できるほぼ北限にある、南相馬市立石神中学校では、全校生徒約200人が校庭で観察できた。原発事故のため隣接する相馬市に避難する3年の松本優美さん(14)は「金環日食になるときに雲が薄くなったので、ラッキーと思いました」と目を輝かせた。/一方、福島県富岡町などから避難する約480人が暮らす同県郡山市の仮設住宅では、曇り空に人々が「晴れて」と叫ぶ声もむなしく、観察できなかった。志賀清民さん(59)は「残念だけど、みんなが集まるいい機会になった」と話した。(共同) [nikkansports.com 2012年5月21日11時36分]
後漢書 獨行列傳 より 范式(2)
後到京師、受業太學。時諸生長沙陳平子亦同在學、與式未相見、而平子被病將亡、謂其妻曰:「吾聞山陽范巨卿、烈士也、可以託死。吾歿後、但以屍埋巨卿戶前。」乃裂素為書、以遺巨卿。既終、妻從其言。時式出行適還、省書見瘞、愴然感之、向墳揖哭、以為死友。乃營護平子妻兒、身自送喪於臨湘。未至四五里、乃委素書於柩上、哭別而去。其兄弟聞之、尋求不復見。長沙上計掾史到京師、上書表式行狀、三府並辟、不應。
〔訳〕そのあと范式は京都に上り、太学で勉強した。そのころ、長沙郡〔湖南省長沙県〕の陳平子という書生も、同じく在学していた。范式とまだ会ったことはないが、平子が病気で死にかけた時、妻にこういい残した。
「山陽の范巨卿どのは侠気(おとこぎ)があり、死後を託するのに足る人と聞く。わしが死んだら、屍骸を巨卿どのの部屋の戸の前に埋めよ。それだけでよい」
白絹を裂いて、巨卿あてに手紙を書き残した。平子が死ぬと、妻は遺言どおりにした。その時、范式は旅に出ており、やっと帰って、書置きを読み、屍を埋めたあとを見て、痛ましく思い、塚に向かって拝礼して泣き、自分の死友だと思った。そこで平子の妻子を世話し、自身で棺を送って臨湘県〔湖南省長沙県〕に向かった。四、五里〔一里は0.4キロ〕手前まで来ると、例の絹の手紙を棺の上に置き、棺に向かって別れの涙を流し、そのまま立ち去った。平子の兄弟はそれと聞いて、後を追って捜したが、もう姿がみえない。長沙県から年度末の会計報告に上京した役人が、上層して范式の善行を明らかにした。三公〔太尉・司徒・司空〕の役所からそれぞれ招きがあったが、范式は受けない。
舉州茂才、四遷荊州刺史。友人南陽孔嵩、家貧親老、乃變名姓、傭為新野縣阿里街卒。式行部到新野、而縣選嵩為導騎迎式。式見而識之、呼嵩、把臂謂曰:「子非孔仲山邪?」對之歎息、語及平生。曰:「昔與子俱曳長裾、遊集帝學、吾蒙國恩、致位牧伯、而子懷道隱身、處於卒伍、不亦惜乎!」嵩曰:「侯嬴長守於賤業、晨門肆志於抱關。子欲居九夷、不患其陋。貧者士之宜、豈為鄙哉!」式敕縣代嵩、嵩以為先傭未竟、不肯去。
〔訳〕州から茂才〔官吏登用の一資格〕として推薦され、四度昇進して荊州〔湖南・湖北・広西省〕の刺史〔地方官の治績を検察する〕となった。式の友人南陽〔河南省〕の孔嵩(こうすう)は、家は貧しく、親は年老いている。そこで姓名を変え、新野県〔河南省新野県〕阿里〔村の名〕の巡査に雇われていた。范式が所轄区域を巡察して、新野までやってきた。県では孔嵩を先導の騎兵に選び、范式を迎えさせた。范式は一目見てそれとわかった。嵩の名をよび、腕をつかんで言った。
「君は孔仲山〔嵩の字〕どのではないか?」
嵩に向かって溜息をつき、昔話になる。
式「昔、君と一緒に長い裾を引き摺り〔儒者の服は裾が長い〕、都の学校に集まったものだ。私は国恩を蒙って地方長官にまで出征したが、君は立派な徳を持ちながら身を隠して一兵卒の身分でおる。惜しいことではないか」
嵩「昔、侯嬴(こうえい)は数十年も門番という低い職に甘んじた〔『史記』刺客伝〕。晨門は門番をしながら自分の道を楽しんでいた〔『論語』憲問篇参照。晨門は門番の意であるが、ここでは固有名詞にとる〕。孔子は九夷〔えびすの国〕に住もうと思い、土地の貧しさを気にかけなかった〔『論語』子罕篇〕。貧乏は士として当然のこと。どうして私の仕事が賎しいといえよう!」
范式は県令に命じ孔嵩を交替させようとしたが、嵩は日当ぶんの仕事がまだ終らぬからといって、下番することを承知しなかった。
嵩在阿里、正身厲行、街中子弟皆服其訓化。遂辟公府。之京師、道宿下亭、盜共竊其馬、尋問知其嵩也、乃相責讓曰:「孔仲山善士、豈宜侵盜乎!」於是送馬謝之。嵩官至南海太守。式後遷廬江太守、有威名、卒於官。
〔訳〕孔嵩は阿里にあって、身の行いを厳正にし、町中の子弟はすべて嵩に感化された。ついに三公の役所から招聘され、京都に赴く。途中、小さな宿場に泊まった時、盗人たちが嵩の馬を盗んだが、やがてそれが孔嵩だと知ると、盗人たちがお互いに責め合った。
「孔仲山は良い方じゃ。その人から盗んでよいものか!」
そこで馬を返して詫びた。嵩は南海郡〔広東省〕太守にまで昇った。范式はその後、廬江郡〔安徽省〕太守に栄転し、威名が高かった。在任中になくなった。
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目高 拙痴无
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