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鐘つけば銀杏ちるなり建長寺


これは、正岡子規のとりなしで明治2896日の『海南新聞』(愛媛県の地方紙。現在の『愛媛新聞』)に掲載された夏目漱石の句です(『漱石全集』第12巻所収)。漱石はこの年の4月、友人の菅虎雄の斡旋で愛媛県尋常中学校(松山中学校)の英語教師として赴任します。漱石の俸給は校長よりも20円高く月額80円(当時の子規は340円)という破格の待遇でした。


  


  日清戦争の従軍記者として中国にいた子規は病を得て喀血、神戸病院に入院、そして須磨の保養所に転地します。このとき付き添っていたのが高浜虚子でした。子規はその後、療養のため松山に帰郷、827日に漱石の下宿である「愚陀仏庵」に転がり込み、1017日まで居候を決め込みます。


2階に漱石、1階に子規が住むという生活が始まると、連日、子規の門下生が押しかけ、深夜まで句会が行われました。のちに「ほとときす」を創刊する柳原極堂のほか、中村愛松、野間叟柳、伴 狸伴、村上霽月、御手洗不迷らの松山松風会の面々です。その句会により、本を読むどころではなく、〈止むを得ず俳句を作つた〉のが、先の漱石の句です。漱石は、子規の弟子として実に2,450もの俳句を作ったといわれています。ちなみに、八木 健氏により、平成21年の夏に「愚陀仏庵」で114年ぶりに「松風会」の句会が復活しています。


 


  掲句にある建長寺は、巨福山建長興国禅寺といい、鎌倉五山の第一位とされる臨済宗建長寺派の大本山です。今から756年前の建長5年(1253年)に後深草天皇の勅命で鎌倉幕府五代執権北条時頼が建立したわが国最古の禅寺です。


 


 漱石のこの句は、一見、見たままを素直にありのままに詠んだ句のようです。


 ところで、この句、どこかでみたことがあるような…。そうです。子規のもっとも有名な、


  〈柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺


です。この子規の句は、漱石の句よりも2か月後の明治28118日の『海南新聞』に発表されます。東京に帰る途中、子規は漱石から10円を借り、奈良に立ち寄り、人口に膾炙されるこの句を詠んだのです。


奈良で5個も6個も柿を食べた子規は、〈柿などゝいふものは従来詩人にも歌よみにも見離されてをるもので、殊に奈良に柿を配合するといふ様な事は思ひもよらなかつた事である。余は此新しい配合を見つけ出して非常に嬉しかつた。〉(「くだもの」明治34年)と回顧しています。


 


 しかしこのとき、子規が実際に聞いたのは東大寺の鐘の音であったようです。そればかりではありません。子規は明治30年の蕪村忌に、漱石を柿になぞらえて、〈漱石君 ウマミ沢山 マダ渋ノヌケヌノモマジレリ〉(「発句経譬喩品」)と評しているのです。当時の漱石には写生という概念はなく、俳句はレトリックとアイデアで作ることを信条とし、俚言や先行の俳句を換骨奪胎した俳句を沢山作っています。一方の子規も、明治28年ころは、まだ言葉遊びの句を作っています。


 


 そこで漱石の先の句は、「金が尽けば食べるのにも困るであろう」と子規に投げかけ、大阪・奈良で漱石から借りた金を使い果たしてしまった子規は、「漱石というウマミの柿を食えば金が成ってくるのだよ」と、漱石に応えている挨拶句のようでもあるようですが、これは穿ち過ぎでしょうか。 


 


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