瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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 東坡志林 巻一 儋耳夜書
 己卯上元、餘在儋耳、有老書生數人來過、曰:「良月佳夜、先生能一出乎?」予欣然從之。步城西、入僧舍、歷小巷、民夷雜揉、屠酤紛然、歸舍已三鼓矣。舍中掩關熟寢、已再鼾矣。放杖而笑、孰為得失?問先生何笑;蓋自笑也、然亦笑韓退之釣魚無得、更欲遠去。不知釣者、未必得大魚也。
60e41de9.jpeg 〔訳〕《儋耳(たんじ)の夜》己卯の年〔元符二(1098)年〕の上元節の日〔正月十五日〕に私は儋耳〔たんじ、海南省海口市(海南島北西部)、蘇軾はこの流謫地に前後3年いた〕にいた。老書生が数人私のもとにやって来て、
「いい月夜です。先生、ちょっと散歩にいらっしゃいませんか」という。私は喜んでついて行った。
 ぶらぶら城西を歩き、僧舎に入り、狭い横道を通った。漢人と蛮人が雑居し、肉屋やら酒店やらがごたごたに並んでいた。宿に帰ったのはもう三鼓〔十二時〕過ぎていた。宿の人々は水門を締めて、もう高鼾で寝ていた。私は杖をおいて笑った。どっちが得だか損だかと思ったからである。
「先生、何をお笑いですか」と聞かれたが、つまり自分で自分を笑ったのである。しかしまた韓退之の
「魚を釣りにいって連れなければ、もっと遠方まで行くがよい」という意味の詩をを笑ったものでもあった。というのが、いくら遠方まで出かけたところで、必ずしも大きな魚が釣れるとは限らないからである。
 
※韓愈の『贈侯喜』という詩の最後の部分に「君欲釣魚須遠去、大魚豈肯居沮洳〔君魚を釣らんと欲せばすべからく遠く去るべし、大魚豈肯えて沮洳〔そじょ、泥沼〕に居らんや〕」とある。
 
  春夜  宋 蘇軾
春宵一刻値千金、 春宵(しゅんせう)一刻 値(あたひ)千金、
花有淸香月有陰。 花に淸香有り 月に陰(かげ)有り。
歌管樓臺聲細細、 歌管(かくゎん)樓臺(ろうだい)
                   聲(こゑ)細細(さいさい)、
鞦韆院落夜沈沈。 鞦韆(しうせん)院落(ゐんらく)
                   夜(よる)沈沈(ちんちん)。
8e284cee.jpeg〔訳〕春の夜はほんのわずかな時間が
     千金もの値打ちある、
   花には清らかな香りがただよっており、
     月はおぼろにかすみ、
         なんともいえぬ風情である。
   先ほどまで歌を歌ったり、楽器を奏したりして、
     にぎやかだった高殿も、
              今はかすかに聞こえるばかり、
   中庭には、置き捨てられたぶらんこが一つ。
     夜は静かにふけていく。
 
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目高 拙痴无
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92
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1932/02/04
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 sechin@nethome.ne.jp です。


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