瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
[1335] [1334] [1333] [1332] [1331] [1330] [1329] [1328] [1327] [1326] [1325]
  何時ものように朝食後、隅田川に沿って散策。午後10時過ぎ、山谷堀水門広場に来ると、テントの設営が行なわれているので、近寄ってみると、今月5日になくなった中村勘三郎の追悼記帳所が設営されているところだった。
6572b04a.jpeg
8a419877.jpeg
644b6c45.jpeg






 此処山谷堀水門広場には今年6月まで平成中村座の仮設小屋が建てられ大勢の人々が出入りしていたこと、それに近くの猿若町(現、浅草6・7丁目)は歌舞伎の本拠地であったこともあって、猿若町会などが中心となって、ここに追悼記帳場が儲けられることになったのだろう。
 30分程前にはここを、勘九郎に抱かれた勘三郎の遺骨が神輿とともに通ったという。
 
 本日のウェブニュースより
719596c3.jpeg 中村勘三郎さん本葬:「息遣いよみがえる」早すぎる死悼む ―― 5日に57歳で亡くなった歌舞伎俳優、中村勘三郎さんの本葬が27日正午、東京都中央区の築地本願寺で営まれた。歌舞伎俳優の坂田藤十郎さん、片岡仁左衛門さん、野球の王貞治さんらが名優の早すぎる死を悼んだ。/祭壇には「十八代目中村勘三郎を祝う会」で、写真家の篠山紀信さんが撮影した手を合わせほほ笑む遺影が飾られ、約15000本の菊の花が会場を囲んだ。「髪結新三(かみゆいしんざ)」など当たり役の写真も並び、往年の勘三郎さんをしのばせた。戒名は「演暢院釈明鏡大居士(えんちょういんしゃくみょうきょうだいこじ)」。/歌舞伎俳優の坂東三津五郎さんは「今でも目をつぶれば、横で踊っている君の息遣い、躍動する体がよみがえってくる。本当にさびしい」と弔辞を述べた。/葬儀に先立ち、遺骨は長男勘九郎さん、次男七之助さんら遺族とともに、平成中村座公演の行われた隅田公園(台東区)と来年4月開場予定で建設が進む歌舞伎座などをまわった。  〔毎日新聞 2012年12月27日 13時09分〔最終更新 12月27日 13時30分〕
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
92
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
 sechin@nethome.ne.jp です。


小冊子の紹介
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
[m.m 10/12]
[爺の姪 10/01]
[あは♡ 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[Mr.サタン 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
[爺 09/20]
[ままだいちゅき 09/20]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright © 瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り All Rights Reserved
/