瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
抱卜子 外篇 第十六 交際より
1.抱樸子曰。
余以朋友之交、不宜浮雜。面而不心、揚雄攸譏。故雖位顯名美、門齊年敵、而趨舍異規、業尚乖互者、未嘗結焉。或有矜其先達、步高視遠、或遺忽陵遲之舊好、或簡棄後門之類味、或取人以官而不論德、其不遭知己、零淪丘園者、雖才深智遠、操清節高者、不可也;其進趨偶合、位顯官通者、雖面墻庸瑣、必及也。如此之徒、雖能令壤蟲雲飛、斥鷃戾天、手捉刀尺、口為禍福、得之則排冰吐華、失之則當春雕悴、余代其口止叔口止脊、恥與共世。
抱卜子が言う。
「私が思うに、友人の交わりは、うわついた不純なものであってはならない。『面のみにて心ならぬ』交わりは揚雄(ようゆう、BC53~18年)も譏(そし)っている。だから官位名声ともに高く、家柄・年齢も釣り合いながら、性格が違い趣味の相反するものは、絶対に友人になれない。世の中には友人より先に出世したことを誇って、反り返って歩き、人を遥か下に見下ろす者がある。落ちぶれた古なじみを忘れた振りをする者がある。家柄の悪い同輩を軽んじ見捨てる者がある。友を選ぶのに官位だけを標準にして人格をとわぬものがある。
知己に巡り会わず、田舎に逼塞している者は、いくら深遠な才知と清潔な節操を抱いていても浮かばれない。逆にうまく立ち回って高位高官の人の気に入られた者は、如何に無知な下らぬ人間でも必ず出世する。かような人は蚯蚓(みみず)をも雲に載せ、斥鷃(みそさざい)をも天に届かせる。その手には鋏・物差をもって自在に他人を裁断し、その口は一口で以って他人に禍福を齎す。この人の気に入られれば、氷を割って一花咲かせることも出来るが、この人の機嫌を損なえば、春の最中に凋落するという憂目(うきめ)に会う。私はこれを見てわがことのように恥ずかしい。同じ世の中に住むことすら恥ずかしい。
2.窮之與達、不能求也。然而輕薄之人、無分之子、曾無疾非俄然之節、星言宵征、守其門廷、翕然諂笑、卑辭悅色、提壺執贄、時行索媚;勤苦積久、猶見嫌拒、乃行因托長者以構合之。其見受也、則踴悅過於幽系之遇赦;其不合也、則懊悴劇於喪病之逮己也。通塞有命、道貴正直、否泰付之自然、津途何足多咨。嗟乎細人、豈不鄙哉!人情不同、一何遠邪?每為慨然、助彼羞之。
不遇と栄達とは運命である。人力で求められるものではない。しかるに軽薄な人間、身の程知らぬ若者は、一足飛びに出世する方法を憎み非とする気が全くない。まだ夜も明けぬうちから権力者の門前に待ち伏せ、へらへらと諂い笑い、空世辞とえびす顔を振りまき、酒を提げ手土産を携え、いつも出向いてはご機嫌を伺う。こうして長い苦労の末、それでも嫌われ断わられると、今度はあちらこちら先輩の伝手をたどって取り持ってもらう。やっと受け入れられると、狂気乱舞そのさまは恩赦に遇った囚人以上である。それでも受け入れられぬとなると、がっくり、死病にとりつかれたよりもひどい。
遇不遇はてんめいである。人間としては真っ直ぐにおのが道を努める他はない。不遇も出世もすべて成り行きに任せることだ。人生の岐路、どうしてさほどに嘆息することがあろう! それだのに世の小人は、なんと鄙しいものではないか。人情様々とはいえ、これほどまでにかけはなれているとは! 何時もこれがために慨然として、当人に代わって顔を赤らめている。」
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目高 拙痴无
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