ウェブニュースより
安保政策転換、問われる優先度 防衛3文書に映る課題 ――政府は防衛3文書に新装備の導入や自衛隊の体制拡充を盛り込んだ。サイバー防衛の具体策を詰めるのは2023年以降で、反撃能力の手段である長射程ミサイルの配備は最短で26年度になる。北朝鮮など現実的な危機が迫るなかで、政策の優先度と実行力が問われる。
サイバー防御など重視
岸田文雄首相は16日の記者会見で3文書改定の重要項目として反撃能力やサイバーなど新領域への対応を挙げた。「日本の能力を量・質両面で強化する」と説明した。
3文書はサイバー空間で攻撃兆候の探知や発信元の特定をして事前対処する「能動的サイバー防御」に初めて触れ、導入を明記した。
政府はこれから①攻撃を受けた民間企業による政府への情報共有②通信事業者が持つ情報の活用③相手システムに侵入する権限の付与――の3点を検討する。
実現には憲法21条の「通信の秘密」との整理や法改正が不可欠だ。
事業者が保有する通信網の情報を使えば攻撃元が探知しやすくなる。相手システムへの攻撃も可能になれば重大な被害を未然に防げる。
米欧の主要国はサイバー防衛で先行する。重要インフラの停止など脅威度が増すサイバー攻撃への対応は優先度が高いと考えるためだ。
政府は23年にも内閣官房にサイバー防衛の司令塔を新設し、どこまで情報の活用が可能か議論に入る。慶大の神保謙教授は「能動的サイバー防御の導入方針は画期的だが、法整備に数年はかかるだろう」と語った。
人員の確保も課題だ。自衛隊は27年度までに専門人材を現在の4倍以上の4000人規模に増員する。民間からの登用には情報の保秘体制や報酬の面で壁がある。優秀な人材は民間企業との奪い合いになる。
新防衛3文書が「最優先課題」に掲げたのは戦闘機や艦艇の修理などに使う部品と弾薬の備蓄拡大だ。自衛隊は部品不足が常態化し、装備の稼働率は5割強しかない。
他の機体向けに部品を流用する「共食い」整備は航空自衛隊だけで年3400件もある。防衛省は23~27年度に投じる単体予算43兆円のうち9兆円をかけて5年以内にこうした状況を解消する。
弾薬は中長期の戦闘に十分な量に足りていない。備蓄の7割は北海道に偏在し、台湾有事で影響が避けられない南西諸島の防衛に不安が残る。
「有事になれば戦えずに負ける」との声さえあがる状況の是正が急務だが、火薬庫を新設するための地元自治体との調整は難航しがちだ。
能力強化を巡っても課題は山積する。代表例は相手の脅威圏外から撃つ長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」。相手のミサイル発射拠点などをたたく反撃能力の手段にもなる。
中国やロシア、北朝鮮が力を入れる極超音速ミサイルを遠方で迎え撃つ技術は現時点でない。
地上に落下する局面では最新鋭の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)や迎撃ミサイル「SM6」などで撃ち落とせるが、防御範囲は限られている。
大気圏外を放物線を描いて飛ぶ弾道ミサイルと異なり、高度100キロメートル以下を方向を変えながら飛ぶ極超音速弾に対処する迎撃弾がなければ、抑止力は十分といえない。
通常の弾道ミサイルも同時に多数を撃ち込まれればすべてを撃ち落とすのは難しい。迎撃一辺倒では守り切れなくなった現実を踏まえ、日本へ撃てば反撃を受けると認識させて攻撃をためらわせる抑止力を早期に備える必要がある。
反撃能力、配備は2026年度
反撃能力の保有は「時間との戦い」ともいわれる。戦闘で使われた実績がある米国製巡航ミサイル「トマホーク」を購入しても護衛艦への配備は早くて26年度だ。しばらくは抑止力に穴がある状態が続く。台湾有事のリスクが高まるとされる24年の台湾総統選後には間に合わない。
中長期の抑止力は極超音速ミサイルの開発が左右する。米国も未開発の段階で、日本が国産の「極超音速誘導弾」を完成させるのは30年代になる想定だ。
ロシアはすでに極超音速滑空兵器(HGV)を配備し、中国もHGV搭載可能な弾道ミサイル「東風(DF)17」の運用を始めたとされる。
北朝鮮も極超音速ミサイルと称し発射を繰り返す。新型ミサイルに限れば東アジアの軍事バランスはすでに崩れた。
限られた予算の中で抑止力強化に効果的な装備や分野を厳選する「賢い支出」という視点は欠かせない。
防衛力に完全はなく、体制拡充を求めればキリがない。現実の脅威に対処する方策を見定めつつ、費用対効果を同時に検証する作業が求められている。 【日本經濟新聞 2022年12月17日 2:00】
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