瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
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  杉田玄白の蘭学事始の一文に平賀源内に触れた次のような件(くだり)がある。
 
 何れの年なりしか、右にいふカランスといへる甲比丹(カピタン)参向の時なりしが、ある日、かの客屋に人集まり酒宴ありし時、源内もその座に列なりありしに、カランス戯れに一つの金袋を出し、この口試みに明け給ふべし。あけたる人に参らすべしといへり。その口は知恵の輪にしたるものなり。座客次第に伝へさまざま工夫すれども、誰も開き兼ねたり。遂に末座の源内に至れり。源内これを手に取り暫く考へ居しが、たちまち口を開き出せり。座客はいふに及ばず、カランスもその才の敏捷なるに感じ、直にその袋を源内に与へたり。
 

 オランダが、医術やいろいろの技芸も発達している国であるということがようやく世に知れわたり、世の人もその影響を受けてきた。このころから、オランダ人が江戸へ来るたびに、もっぱら官医の志ある人々は、毎年対話ということを願い出てその宿に行き、治療法・処方のことなどをたずね、また天文家の人も、同じくそれぞれ自分の専門のことを問いただした。当時はその人々の門人なら、いっしょに連れて行くことも自由であった。それで、なかにはその人たちの門人だといって出入した人もあった。長崎では規則があって、みだりに彼らの宿へ出入はできないのであるが、江戸のほうは、しばらくの間のことであるから、自然にかまいもしないというありさまであった。
a5e51fa4.jpeg そのころ、平賀源内という浪人があった。この人の専門は本草家で、生まれつき理論にさとく、才能もすぐれていて、ちょうど当時の気風に適した生まれの人であった。何年のことであったか、Jan Crans(ヤン・カランス、明和4年or5年来日?)がカピタンとして江戸へ来たときのことである。ある日、彼らの宿に人が集まって、酒盛があったとき、源内もその席にいた。そのときカランスは、戯れにお金を入れる袋をひとつ出して、この袋の口をあけてごらんなさい、あけた人にあげましょう、という。その口は「知恵の輪」の仕掛けになっている。客はこれをつぎつぎに回して、いろいろとくふうするのだが、だれも開くことができない。とうとう座の末にいた源内の番になった。源内はこれを手にとってしばらく考えていたが、すぐに口を開いてみせた。一同はいうまでもなく、カランスもその才のするどいのに感心して、すぐにその袋を源内に与えた。こんなことがあってからは、カランスと源内との親しみは深くなり、源内はその後はたびたび宿へ行って博物のことをたずねた。
 またある日、カランスはひとつの碁石のような形の「スランガステーン」というものを出して、源内に見せた。源内はこれを見て、その効能をたずねて帰り、あくる日別に新しく一個つくって持って行って、カランスに見せた。カランスはこれを見て、これはきのう見せたものと同じ品だといった。そこで源内は、あなたがお見せになったものは、あなたのお国の産物か、それとも外国で求めたものか、とたずねると、カランスは、インドのセイロンというところで求めて来たものであると答えた。源内はまた、その国のどんな場所から産するのかとたずねると、カランスが答えていうには、その国でいいつたえているところでは、大蛇の頭の中から出る石だということだ。源内は、そんなことはないでしょう。これは竜の骨でつくったものでしょうという。カランスはこれを聞いて、竜などというものは実在しないものである。どうしてその骨からつくることができるかという。そこで源内は、自分の故郷の讃岐の小豆島から出た、大きな竜の歯につづいている竜の骨を出して見せて、これが竜骨である。『本草綱目』というシナの本に、蛇は皮をかえ、竜は骨をかえると説いている。わたしがお見せしたスランガステーンは、この竜の骨でつくったものであるといった。カランスはこれを聞いて大いにおどろき、ますます源内の奇才に感じた。そしてカランスは『本草綱目』を買い、竜骨を源内からもらって帰った。カランスはその返礼として、ヨンストンスの『禽獣譜(きんじゅうふ)』、ドドネウスの『生殖本草』、アンボイスの『貝譜(かいふ)』などというような博物家のためになる書物を贈った。
 もちろんこれらのことは、オランダ語を直接に話して弁じたのではなく、付き添った内通詞部屋附といったような人が通弁したのであって、一言一句通じたわけではない。
 源内は、そののち長崎へ行ってオランダの本や器なども求めて来て、またエレキテルというふしぎな器械を手に入れて江戸に帰り、その働きのことも考えて、多くの人をおどろかした。
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