瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
人間や動物の内臓も脳も、古代人にとっては迷路であった。迷路は死の象徴であり、それを抜け出すことで復活を意味し未来を表したのである。また迷路によって特別の力が得られると考えられ多分に呪術的に意味を持っていたのであろう。
ヨーロッパには、古くから迷路の形に踊ったり、迷路を走り抜けたりする民俗的な行事があったという。北欧の石積みの迷路[図1]やイギリスの芝生の迷路は代表的な例であって、各所にその跡が残っているという。やがて教会にも積極的に取り入れられるようになり、大聖堂の床面に迷路を埋め込んだり[図2]、壁面に描いたりした。その古いものは4世紀のものもあるといわれるが、盛んに作られるようになったのは12世紀初めからだといわれる。これらの迷路は歴史的には興味深いものでも、そのほとんどがただくねくねしているだけでパズル的要素はほとんどなかったという。ところが、宗教改革以降になると、もっと娯楽的なパズル的な色彩の強い迷路が現れるようになる。庭園の中に生け垣で迷路を作ることの流行によって、数多くの迷路が作られた。中でもイギリスのハンプトン・コート宮殿にある迷路[図3]はその代表的なもので、これは1690年にウイリアム三世のために作られたものであるという。こうした庭園迷路は、ひところ大流行した巨大迷路の前身といってもよい。
このような庭園迷路は、紙に描いたものを見れば、容易に中央に達したり、通り抜けたりできるが、実際に辿ってみるとなかなか厄介なものである。その簡単な脱出法としては、片手を壁に触れたまま壁に沿って歩いていくやり方があり、ハンプトン・コートのこの方法で中央に達し、再び出てくることが可能である〔図3〕。もしこの方法で堂々巡りをするようなら、その場で回れ右をして、今度は反対の壁に沿っていく。平面的な迷路であれば、右手法を使うと必ず出口にたどり着く。しかし、迷路のスタートないしゴールが迷路の中にあったり、あるいは迷路が立体的だったりした場合は、右手法の結果スタート地点に戻ってしまう事もありうる〔図4〕。
しかしパズルとしては、紙に描かれた迷路で楽しまれるケースが多く、1972年、ロシア生まれの画家V.Koziakin〔V.コズイアキン〕という人がデザイン的におもしろい迷路を発表したことにより、ひところ迷路の本が爆発的に流行したという。紙に書いた迷路の場合は、三方を壁で囲まれた袋小路をすべて塗りつぶし、それによって生じた袋小路も順に塗りつぶしていくと、最後に進路だけが白く残る[図5]。
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