瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
当時、ギリシア人の植民都市であったSiracusa(シラクサ)の僭主Hieron(ヒエロン)2世が金細工師に金を渡し、純金の王冠を作らせた。ところが、金細工師は金に混ぜ物をし、王から預かった金の一部を盗んだ、という噂が広まった。そこで、HieronはArchimedesに、王冠を壊さずに混ぜ物がしてあるかどうか調べるように命じた。Archimedesは困り果てたが、ある日、風呂に入ったところ、水が湯船から溢れるのを見て、その瞬間、Archimedesの原理のヒントを発見したと言われる。このとき、浴場から飛び出たArchimedesは「Eureka〔ヘウレーカ、分ったぞ〕、Eureka!」と叫びながら裸で走っていったという伝説も残っている(もっとも、この時代のギリシアでは、男性は裸で運動するのが普通で、streaker(ストリーカー)で外を走っていても別に珍しくはなかったのだろう)。
Archimedes(アルキメデス)は、金細工師に渡したのと同じ重量の金塊を用意し、これと王冠を天秤棒に吊るしてバランスを取り、水を張った容器に入れた。空気中では天秤棒は、てこの原理によりバランスが保たれている。てこの原理は水中でも変わらないので、金塊と王冠を水中に沈めても、天秤棒のバランスは保たれるはずである。しかし、水中でのバランスが崩れたために、王冠と金塊の比重が違うということが判明し、金細工師の不正が明らかになった。これがArchimedesの発見した浮力の原理である。金細工師の名は知られていないが、その後死刑になったと伝えられる。
Archimedesとその後の学者たちは、この法則が自然科学的な法則であるとは気付かず、数学的な原理であると考えた。そのため、次の科学法則であるケプラーの法則が発見されるまでは、1800年もの時間がかかったのだという。
Archimedesが発見した原理は浮力の原理なのだが、王冠のエピソードによって、物質による密度の違いを説明する際に引き合いに出される場合がある。
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