瘋癲爺 拙痴无の戯言・放言・歯軋り
日刊ゲンダイの記事2つ。
大丈夫!? 石原伸晃 激ヤセと頭髪 悪い病気なのか ―― 一体、どうしたのか――。自民党の石原伸晃幹事長(55)の風貌の変わりぶりが話題になっている。/ここ数カ月で激ヤセし、一時は茶髪にしていた自慢の頭髪も、ご覧の通りめっきり寂しくなってしまったのだ。/21日、党本部で東京都連の支部長会議が開かれ、都連会長の伸晃も出席したが、あまりの変化に、参加者からは「覇気がない」「悪い病気にでもなったのか」と案ずる声が聞かれた。/伸晃の事務所は「体重も、頭髪の量も変わったとは思いません。昔のままのはずです」と言うが……。/「党内では、『いつもの断食だろう』とのウワサが流れています。身長178センチの石原さんですが、15年前に体重が80キロを超え、父・慎太郎さんから静岡の『断食道場』を勧められた。半信半疑で道場に行き、運動しながらニンジンジュースで1週間過ごすと、一気に痩せたようです。以降、お気に入りで、ほぼ毎年道場に通っている。今年6月以降、『朝も夜も外食ばかり』とボヤいていたので、コッソリ静岡に行ったのかもしれません」(自民党関係者)/断食まで父親に面倒見てもらうなんて、相変わらずのお坊ちゃんだが、本当に断食したのなら頭髪の方は薄くはならない。やはりクスリの副作用など、なにか違う原因があるのではないか。/「心労がたまったのでしょう。自民党幹事長として民主党を追い込めず、野田首相から『近いうち解散』を引き出したものの、ノラリクラリかわされている。また、来月の総裁選への対応でも悩んでいる。立場上、『谷垣さんが出れば、出馬しない』と明言していますが、本心は出たくてしようがない。自身のグループからも出馬を求める声が上がっているし、森元首相や古賀元幹事長ら長老もウラでせっついている。出馬が確実の石破茂前政調会長へのライバル心もある。しばらく悩みは続くでしょう」(政治ジャーナリスト・小谷洋之氏)/ボンボン議員の「激ヤセ」と「寂しい頭髪」が、もうしばらく見られそうだ。 〔日刊ゲンダイ 2012年8月24日 掲載〕
小沢控訴審急ピッチで無罪へ 来月26日に第1回 <被告人質問はナシ> ――陸山会の土地購入をめぐり強制起訴され、1審で無罪判決が出た「国民の生活が第一」の小沢一郎代表〔70〕の控訴審第1回公判が来月26日に開かれる。24日に弁護側と検察官役の指定弁護士、東京高裁の3者協議後に弁護側が明らかにした。/指定弁護士側は、東京地検特捜部が小沢を事情聴取した際に作成した供述調書や小沢事務所の会計帳簿など、10点近くを新たに証拠請求する方針。第1回公判では、高裁がこれらの採否を決める見通しだが、無罪が覆るような証拠が示される可能性は低い。また、小沢への被告人質問や元秘書3人の証人尋問は実施されない。そのため、新たな証拠採用がなければ、短期間で結審する可能性が高く、あらためて小沢裁判のデタラメぶりが浮き彫りになりそうだ。/指定弁護士は控訴趣意書で「土地取得の公表先送りなどについて、小沢氏の故意や石川知裕衆院議員〔39〕ら元秘書3人との共謀を認めないのは事実誤認だ」と主張。これに対し、弁護側は答弁書で「証拠に基づかない想像を膨らませ、故意や共謀を決め付けている」と反論している。/いい加減、アホな裁判は終わりにしてもらいたい。 〔日刊ゲンダイ 2012年8月25日 掲載〕
日刊ゲンダイとは
日刊(にっかん)ゲンダイは、講談社系の出版社である株式会社日刊現代が発行する、タブロイド判夕刊紙である。『日刊ゲンダイ』は、創刊時、発行元の株式会社日刊現代が週刊誌を発刊している講談社系の会社であることを理由に、日本新聞協会への加盟を拒否されたため、雑誌扱い(日刊誌)となっている。
男性読者を対象に既存の新聞とは一味違う観点から雑誌感覚でニュースを分析する「デイリー・マガジン」の形態を採り入れ、シニカルな報道姿勢から「シニカルな新聞」の代名詞となっている。社としての論調は創刊当時から一貫して反米を是としており、太平洋戦争以後の日本政府の対米隷属を厳しく批判している。また自民党、読売ジャイアンツ(以後「巨人」)、日本サッカー協会及びサッカー日本代表、スポーツイベントに登場するタレントに対する激しい嘲笑と諷刺は名物となっている。その一方で、過去に嘲笑・諷刺していた人物・団体を一転して賞賛したり、或いはその逆で賛美していた人物・団体を非難したり、論調姿勢が統一されていない部分が多く、極端なところでは論調が180度逆転する場合も多々ある。
小沢控訴審急ピッチで無罪へ 来月26日に第1回 <被告人質問はナシ> ――陸山会の土地購入をめぐり強制起訴され、1審で無罪判決が出た「国民の生活が第一」の小沢一郎代表〔70〕の控訴審第1回公判が来月26日に開かれる。24日に弁護側と検察官役の指定弁護士、東京高裁の3者協議後に弁護側が明らかにした。/指定弁護士側は、東京地検特捜部が小沢を事情聴取した際に作成した供述調書や小沢事務所の会計帳簿など、10点近くを新たに証拠請求する方針。第1回公判では、高裁がこれらの採否を決める見通しだが、無罪が覆るような証拠が示される可能性は低い。また、小沢への被告人質問や元秘書3人の証人尋問は実施されない。そのため、新たな証拠採用がなければ、短期間で結審する可能性が高く、あらためて小沢裁判のデタラメぶりが浮き彫りになりそうだ。/指定弁護士は控訴趣意書で「土地取得の公表先送りなどについて、小沢氏の故意や石川知裕衆院議員〔39〕ら元秘書3人との共謀を認めないのは事実誤認だ」と主張。これに対し、弁護側は答弁書で「証拠に基づかない想像を膨らませ、故意や共謀を決め付けている」と反論している。/いい加減、アホな裁判は終わりにしてもらいたい。 〔日刊ゲンダイ 2012年8月25日 掲載〕
日刊ゲンダイとは
日刊(にっかん)ゲンダイは、講談社系の出版社である株式会社日刊現代が発行する、タブロイド判夕刊紙である。『日刊ゲンダイ』は、創刊時、発行元の株式会社日刊現代が週刊誌を発刊している講談社系の会社であることを理由に、日本新聞協会への加盟を拒否されたため、雑誌扱い(日刊誌)となっている。
男性読者を対象に既存の新聞とは一味違う観点から雑誌感覚でニュースを分析する「デイリー・マガジン」の形態を採り入れ、シニカルな報道姿勢から「シニカルな新聞」の代名詞となっている。社としての論調は創刊当時から一貫して反米を是としており、太平洋戦争以後の日本政府の対米隷属を厳しく批判している。また自民党、読売ジャイアンツ(以後「巨人」)、日本サッカー協会及びサッカー日本代表、スポーツイベントに登場するタレントに対する激しい嘲笑と諷刺は名物となっている。その一方で、過去に嘲笑・諷刺していた人物・団体を一転して賞賛したり、或いはその逆で賛美していた人物・団体を非難したり、論調姿勢が統一されていない部分が多く、極端なところでは論調が180度逆転する場合も多々ある。
今朝のウェブニュースより、
浅草サンバカーニバル:2年ぶり踊る喜び 50万人訪れる/東京 ―― 台東区浅草で25日に開かれた第31回浅草サンバカーニバル「実行委員会主催、毎日新聞社など後援)は、猛暑にもかかわらず家族連れら約50万人《主催者発表》野観客が訪れ、街中が興奮に包まれた。東日本大震災の影響で2年ぶりの開催だったこともあり、参加者からは「多くの人の前で踊れるカーニバルはやはり楽しい」との声が聞かれた。/午後1時から行われた開会式で丸山眞司実行委員長が開会を宣言すると、実行委らによるパレードが始まった。地元の小学生らも打楽器やポンポンを手にリズムを取りながら行進。今年はマルコス・ガウボン駐日ブラジル大使も観覧に訪れた。/続いて色とりどりの衣装に身を包んだ各チームが次々と登場した。メーンイベントのパレードコンテストには計18チームが参加。「FLOR DE MATSUDO CEREJA」の藤原来留さん(9)と清水真梨さん(10》は「沿道のお客さんもこちらに手を振ってくれ、とても楽しく踊ることができた」と笑顔で話した。/馬道通りから雷門通りに至る約800メートルのコースは多くの観客でにぎわった。/雷門前の最前列でパレードに見入っていた杉並区の愛川裕美さん(9)は「衣装がキラキラしていてきれい。踊りや山車も迫力があってすごい」と喜んでいた。 〔毎日新聞 2012年08月26日 地方版〕
「世界最悪」の修復キリスト画に集まる賛否両論の声 ―― 【8月24日 AFP】スペインの教会にあるキリスト絵画を善意で修復し、オリジナルとは似ても似つかぬものとなってしまったことで、「世界最悪の絵画修復」とやゆされている80歳女性、セシリア・ギメネス(Cecilia Gimenez)さんが、世界的に話題の人となっている。/ギメネスさんが「修復」した絵は、北東部ボルハ(Borja)の教会にある、スペイン人画家エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が1910年に描いた「Ecce Homo(この人を見よ)」。いばらの冠をかぶせられ悲しげに天を見上げるイエス・キリストを描いたこの絵も、年月とともに傷みが目立ち始めていた。そこでギメネスさんが自主的に修復を試みたところ、顔は血色の悪いサルのようで、目鼻立ちはバランスが悪く、さらには頭を毛皮が覆っているような姿となってしまい、多くの苦情が寄せられたという。/その一方で、ヒメネスさんが「修復」したキリスト画は、世界各地のネットユーザーたちに笑いのネタを提供し、スペインでは、修復された絵の顔の部分に、スペイン国王フアン・カルロス1世(Juan Carlos I)やマリアノ・ラホイ(Mariano Rajoy)首相を埋め込んだ独自のバージョンを投稿するネットユーザーも現れた。/さらに、ヒメネスさんの修復画をゴヤやムンク、モディリアニらの名画に例え、ボルハ市に原画を復元する計画を思いとどまるよう求めるオンライン嘆願書には5000人もの署名が集まった。/嘆願書サイトを立ち上げたユーザーは、修復された絵は「教会の天地創造説を巧みに批判し、新たな偶像の復活に疑問を投げかけるものだ」と同サイトでコメントしている。/だが、元のキリスト画を描いたマルティネスの孫に当たるテレサ・ガルシア(Teresa Garcia)さんは、ヒメネスさんによる修復には全く感銘していない。国営テレビRTVEのインタビューでガルシアさんは、「これまで(ヒメネスさんは)衣服以外には手をつけなかった。今回、彼女は頭部にまで手をだし、明らかに絵を台無しにしてしまった」と不満を語った。/その一方で、ヒメネスさんの妹、エスペランサ・ヒメネス・スエコ(Esperanza Gimenez Zueco)さんは、「姉は世界で最善の信仰心をもって修復に取り組んだ」とヒメネスさんを擁護しながら、「ちょっと絵心を加えたかったのでしょう」と付け加えた。 〔AFP BB News 2012年08月24日 18:09 発信地:マドリード/スペイン〕
「世界最悪」の修復キリスト画が大人気、訪問者が急増 ―― 【8月26日 AFP】「世界最悪の修復」でサルさながらに変貌してしまった102年前のキリストの肖像画を見ようと、スペイン北東部ボルハ(Borja)を訪れる人々が数百人規模に急増している。/この肖像画はスペイン人画家エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が1910年に描いた「Ecce Homo(この人を見よ)」で、ボルハ市内の教会の柱に直接描かれている。傷みが目立ち始めたため、年齢が80代とされるセシリア・ヒメネス(Cecilia Gimenez)さんが善意で修復を試みたところ、オリジナルと似ても似つかないとして地元住民から苦情が殺到。静かな町だったボルハに、世界中のメディアの注目が一気に集まった。/肖像画は本来、いばらの冠をかぶせられたイエス・キリストの姿を描いたものだったが、「修復」後は顔色の悪いサルのようで、目鼻立ちはバランスが悪く、頭を毛皮が覆っているように見えるありさま。一部メディアはこれを史上最悪の修復と伝えた。/25日には教会の外に、興味津々の訪問者の行列ができた。公共テレビ放送のインタビューに応じたある女性は、「以前の絵も大変素晴らしかったけれど、わたしは本当にこれ(修復後の肖像画)が気に入っています」と語った。/ボルハ市に原画を復元する計画を思いとどまるよう求めるオンライン嘆願書には、既に1万8000人もの署名が集まっている。 〔AFP BB News 2012年08月26日 13:46 発信地:マドリード/スペイン〕
今朝のウェブニュースより
独島問題、韓国外交の基準は58年前の「卞栄泰文書) ―― 独島(ドクト、日本名・竹島)に対する韓国外交通商部の立場は昨今に決まったことではない。58年前に当時の卞栄泰(ビョン・ヨンテ)外務部長官(1951-55年在任)が韓国側の立場を断固かつ論理的に叙述した外交文書に明示されている。3枚分量のこの口上書(note verbale)は、独島に対する韓国政府の立場を初めて公式的に整理した文書だ。金星煥(キム・ソンファン)外交通商部長官が22日、野田佳彦日本首相の書簡を返送することにした決定にも、重要な準拠になったという。/卞元長官はこの文書で、「韓国は独島に対する領有権を持っており、韓国が国際司法裁判所《ICJ》で権利を証明しなければならない理由は何もない」と強調した。日本は52年1月の李承晩(イ・スンマン)大統領の平和ライン宣言に異議を提起して以来、独島領有権の主張を続けてきた。韓国政府は独島に警備部隊を常駐させ、韓国領という表示を設置して対応した。/日本は54年9月25日、独島問題をICJに行って最終決定をしようと提案した。韓国政府は1カ月後の10月28日、独島が韓国の領土という事実には論争の余地がないとして、これを拒否した。卞元長官の口上書はこの時に作成された。/(ICJに紛争を提出しようという提案は、誤った主張を法律的に偽装しようという試みにすぎない。領土紛争が存在しないのに‘類似領土紛争’を作り出しているのが日本だ。妥協の余地なく完全で、紛争の余地がない韓国の独島領有権に対し、日本は‘類似請求権’を設定しようとしているのだ」。/独島を過去の問題に連携させたのも卞元長官だ。卞元長官は「独島は日本の韓国侵略に対する最初の犠牲領土だ。独島に対する日本政府の不合理ながらも始終一貫した主張に対し、韓国国民は日本が同じ方法の侵略を繰り返しているのではと疑問を抱く」と書いた。これを根拠で卞元長官は「韓国国民にとって独島は日本に対する韓国の主権の象徴であり、また韓国の主権の保全を試験する実例だ。韓国国民は独島を守護し、韓国の主権を保全する決意を持っている」と宣布した。/文書とともに発表された声明も目を引く。「独島は単なる岩の塊ではなく、私たちの民族の栄誉の錨だ。これを失ってどうやって独立を守れるだろうか。日本が独島奪取を図るのは韓国再侵略を意味するものだ」。/ その後、韓国政府は65年に韓日会談を終える時もこの内容を基本方針とした。シン・ヨンハ蔚山大学大学院教授((独島学会会長)は卞栄泰元外相について「韓国政府の立場を確立した責任者」とし「政府は今後もこの立場をずっと堅持するべき」と述べた。金星煥長官も「(独島をめぐる)領土紛争は存在せず、植民地後の領土守護を歴史的脈絡で接近しなければならないということを当時、しっかりと整理していなかったとすれば、今ごろ大きな問題が発生していたかもしれない」と述べた。 [中央日報日本語版 2012年08月25日13時30分]
野田首相、竹島問題で韓国を批判―異例のテレビ記者会見―― 【東京】野田佳彦首相は24日夕、首相官邸で臨時に記者会見し、竹島をめぐる問題については韓国が領有権を裏付ける証拠のないまま「不法」占拠しているとして、同国政府を批判、日韓関係の緊張緩和は当分望み薄な状況となった。/野田首相は主要テレビ局全てで放映された会見で「韓国側は我が国よりも前に竹島を実効支配していたと主張しているが、根拠とされる文献の記述はあいまいで、裏づけとなる明確な証拠はない。韓国は力をもって不法占拠を開始した」と明言した。/首相が領土問題について記者会見を行うのは異例のこと。またこの日は、首相会見に先立ち、衆院が本会議で韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島上陸に抗議する決議を採択した。/一方、韓国政府は野田首相の領有権主張にすぐさま抗議し、主張の撤回を要求した。さらに衆院決議の撤回も求めた。/韓国外交通商省の趙泰永報道官は「歴史的、地理的、国際法的に我が国領土に属する独島(竹島の韓国名)に対して、野田首相が不当な領有権を繰り返し主張したことに強く抗議するとともに、主張を即時撤回するよう促す」との短い声明を発表した。/日本の衆院はこの日、香港の活動家による尖閣諸島上陸を非難する決議も採択した。/日本の管理下にある一方で中国と台湾も領有権を主張している尖閣諸島に香港の活動家が上陸した問題については、日本当局が逮捕した活動家を刑事処分ではなく、強制送還という処置を選択したことから、野田政権の対応に対して厳しい批判が生じている。/野田首相は尖閣諸島と竹島の問題を念頭に「我が国の周辺海域において、我が国の主権に関する事案が相次いて起こっており、誠に遺憾の極みだ。我が国として、このような行為を看過することはできない」と述べた。/さらに、「我が国固有の領土である離島の主権を確保するということは、海洋国家日本の壮大なフロンティアを守るということにほかならない」とし、離島の警備を強化するための海上保安庁法改正案の早期成立を呼び掛けた。/今後数カ月中に総選挙が実施される可能性が高いことから、首相と与党民主党は領土問題で弱腰姿勢を見せるわけにはいかないというのがアナリストらの見方だ。/早稲田大学で政治学を教える山本武彦教授は、(民主党政権は)選挙が近づいているために強硬路線を取らざるを得ないのが実情、と述べ、「これは民主党の本来の外交姿勢ではない」と指摘する。/民主党は2009年に政権を獲得した際、アジア諸国との関係強化を外交政策の柱とした。そのため、閣僚は、韓国が竹島を実効支配していることについて、「不法占拠」という表現をすることを控えてきた。/日本政府は今週初め、竹島をめぐる韓国との領有権問題を国際司法裁判所(ICJ)に提訴する方針を決めた。また、野田内閣の閣僚らは予定されていた韓国政府閣僚との会合を延期した。野田首相は23日、首相が親書の形式をとり李大統領宛てに送った抗議書簡を韓国政府が返送しようとしたことについて、「冷静さを欠いた」行動と批判した。/さらに日韓の対立は両国の経済的な関係にも影響を及ぼす恐れが出てきた。日本の安住淳財務相は24日、日韓通貨スワップ協定の縮小を検討することに加え、準備を進めてきた韓国国債の購入を当面見送る考えを示した。/韓国政府は竹島には領有権問題が存在しないとして、日本によるICJ共同提訴の提案を拒否した。ICJへの提訴は当事国双方の同意が義務付けられており、日本が単独提訴しても裁判は始まらない。/両国とも公選された政府関係者が融和的な行動にでるようなリスクを冒すことはないだろう。そのため、両国間の緊張を緩める動きは非公式の「バックチャンネル」外交に頼らざるを得ないというのが早稲田大学の山本氏の見方だ。/ただ野田首相は韓国を「大切なパートナー」と表現した上で、「いたずらに国内の強硬な世論を煽って、事態が無用にエスカレートすることはいずれの国の利益にもならない」として、両国がお互いに冷静に対応していくよう呼び掛けた。 〔ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 2012年 8月 25日 10:50 JST 〕
クダらない野田緊急会見 李明博をマネて支持率アップ狙ってアホ丸出し―― 「ばかやろー」とテレビに叫んだ人も多かったはずだ。24日夕方の野田首相の臨時会見。「領土問題について」という予告はあったものの、何か特別なことを言うのかと思っていたら、従来の政府の主張を繰り返しただけのクダらない内容だった。テレビ東京以外の全テレビ局が会見を中継していたが、とんだ電波ジャックだった。/会見をテレビで見ていた元外交官の天木直人氏がこう言った。「ひどい内容でしたね。民放テレビも、会見の途中で次々と映像を切り替えてしまった。中継するに値しない内容と判断したのです。テレビにもバカにされる意味のない会見でした」/しかも、透けて見えるのが野田の薄汚い打算だ。/「竹島に上陸した韓国の李明博大統領は、日本へ対決姿勢を見せることで、支持率が急上昇している。中央日報の世論調査で、25%だった支持率が竹島上陸で35%にハネ上がった。野田首相も総選挙が近いだけに、同じパフォーマンスで、支持率アップを狙ったんですよ」(永田町関係者)
〈そもそも2人のケンカはレームダック同士のデキレースの声〉
2人はレームダック状態で似た環境。もしかしたら、ウラで手を組み、相談しながら、子どもじみた田舎芝居をやっているのかもしれない。不人気行き詰まり政権は、批判を外に向けるのが常套手段だが、ある政治学者は「デキレース」と指摘している。/それだけに、こんな会見で支持率が上昇すると思ったら、大間違いだ。/「野田首相が、人気取りを考えて会見をするなら、李明博大統領の竹島上陸直後ですよ。今ごろやっても、遅きに失している。そこが野田首相の外交センスのなさです。事なかれ主義の外務官僚に丸投げしているから、後手後手の対応になり、注目もされないのです。竹島問題は、今の日韓政府がやり合っていても解決策も進展もない。どうしても野田首相が支持率を上げたいのなら、“私は退陣する、その代わり李大統領も退陣しろ、領土問題は新しいリーダーに託そう”と大胆なことを言うしかなかった。しかし、“遺憾の極みだ”“看過できない”などと当たり前のことしかしゃべれないから、野田首相は無能なのです」(天木直人氏)/アホ丸出しの野田に残された道は、竹島上陸しかなくなってきた。 〔日刊ゲンダイ 2012年8月25日 掲載〕
クダらない野田緊急会見 李明博をマネて支持率アップ狙ってアホ丸出し―― 「ばかやろー」とテレビに叫んだ人も多かったはずだ。24日夕方の野田首相の臨時会見。「領土問題について」という予告はあったものの、何か特別なことを言うのかと思っていたら、従来の政府の主張を繰り返しただけのクダらない内容だった。テレビ東京以外の全テレビ局が会見を中継していたが、とんだ電波ジャックだった。/会見をテレビで見ていた元外交官の天木直人氏がこう言った。「ひどい内容でしたね。民放テレビも、会見の途中で次々と映像を切り替えてしまった。中継するに値しない内容と判断したのです。テレビにもバカにされる意味のない会見でした」/しかも、透けて見えるのが野田の薄汚い打算だ。/「竹島に上陸した韓国の李明博大統領は、日本へ対決姿勢を見せることで、支持率が急上昇している。中央日報の世論調査で、25%だった支持率が竹島上陸で35%にハネ上がった。野田首相も総選挙が近いだけに、同じパフォーマンスで、支持率アップを狙ったんですよ」(永田町関係者)
〈そもそも2人のケンカはレームダック同士のデキレースの声〉
2人はレームダック状態で似た環境。もしかしたら、ウラで手を組み、相談しながら、子どもじみた田舎芝居をやっているのかもしれない。不人気行き詰まり政権は、批判を外に向けるのが常套手段だが、ある政治学者は「デキレース」と指摘している。/それだけに、こんな会見で支持率が上昇すると思ったら、大間違いだ。/「野田首相が、人気取りを考えて会見をするなら、李明博大統領の竹島上陸直後ですよ。今ごろやっても、遅きに失している。そこが野田首相の外交センスのなさです。事なかれ主義の外務官僚に丸投げしているから、後手後手の対応になり、注目もされないのです。竹島問題は、今の日韓政府がやり合っていても解決策も進展もない。どうしても野田首相が支持率を上げたいのなら、“私は退陣する、その代わり李大統領も退陣しろ、領土問題は新しいリーダーに託そう”と大胆なことを言うしかなかった。しかし、“遺憾の極みだ”“看過できない”などと当たり前のことしかしゃべれないから、野田首相は無能なのです」(天木直人氏)/アホ丸出しの野田に残された道は、竹島上陸しかなくなってきた。 〔日刊ゲンダイ 2012年8月25日 掲載〕
秀吉は全国を平定し終わると、ポルトガルの手に独占されていた貿易の実権を取り戻そうとして、1692(文禄2)年フィリピンのスペイン長官に使節を送って貿易を求めたので、日本とスペインとの正式交渉が始った。スペイン人が日本に来たという記録はすでに1580(天正8)年にもあり、1584(天正12)年にはスペイン船が来航している。とはいえ、日本とスペインとの交渉は、ポルトガルと日本との交渉のあった96年間に比べ、1/3の32年間に過ぎない。こういう短い期間であったため、スペイン語から日本に取り入れられた単語は極く僅かであった。それにポルトガル語とスペイン語は血のつながった言葉同士で両者には形も意味もそっくりな単語が沢山あり、スペイン語からの外来語とはっきり決めうるものは数語しかない。
メリヤス(medias):日本のメリヤスは江戸時代の延宝 - 天和 - 貞享 - 元禄(1673年 - 1704年)のいずれかの時期に輸入・伝来したとされ、ポルトガル語のメイアシュ(meias)・スペイン語のメジアス(medias)の転訛とされる。日本語のメリヤスを指す言葉としては「莫大小」を当てるが、その理由の一つとして日本国内の旧来の布地に比べて伸縮性があることとする説がある。主に武士が殿中に出仕する際の足袋を作る技法として一部武士から庶民にも広まった。/スペイン語では靴下のことであり、はじめポルトガル語のmeias から「メイヤス」として取り入れられたらしいが、スペイン系の medias が「メリヤス」として取り入れられたほうが勝って、ぐんぐん使われてゆき、「唐人の古里寒しメリヤス足袋 - 眠松」と詠われている。井原西鶴の句にも西鶴の句に「メリヤスをはいて蛤蜊踏まれたり」というのがある。
プラザ(plaza):英語のplace に相当するスペイン語。「広場」
カルデラ(caldera):スペイン語で「釜(かま)」を意味する。火山の中心にできたほぼ円形の大きな凹地。噴火後に火口部が陥没したものが多い。カナリア諸島の噴火口の名で、スペイン人によってつけられたらしい。
カスタネット(castanet): カスタネットは、「栗の実」を意味するスペイン語「castana(カスターニャ)」に由来する。カスタネットが「栗の実」に由来するのは、形が栗の実に似ているからとする説と、古くは、南欧の大きな栗の木で作られていたことからとする説がある。スペイン語で「カスタネット」を表す「castaneta」の「eta(ita)」は縮小辞なので、「小さな栗の実」の意味になるため、大きな栗の木で作られていたことから、「小さな栗の実」の名が付いたとする説がよいと思われる。
ポンチョ( poncho):中央アメリカ、南アメリカのメキシコ、ペルーやボリビアの原住民の民族衣装で、四角形の布の中央に穴を開けて首を通して着る、outerwear〔アウターウェア、衣服の分類のうち下着や装身具を除いたものの総称〕のこと。防寒・防風のために通常の衣服の上から着用する。/ケープ(cape)と混同されることがあるが、ケープは肩や背中を覆う、袖のないouterwearで、マントの短いものをさす。ポルトガル語のカパ(capa)も語源は同じだが、こちらは日本に入って、合羽(かっぱ)となった。
メリヤス(medias):日本のメリヤスは江戸時代の延宝 - 天和 - 貞享 - 元禄(1673年 - 1704年)のいずれかの時期に輸入・伝来したとされ、ポルトガル語のメイアシュ(meias)・スペイン語のメジアス(medias)の転訛とされる。日本語のメリヤスを指す言葉としては「莫大小」を当てるが、その理由の一つとして日本国内の旧来の布地に比べて伸縮性があることとする説がある。主に武士が殿中に出仕する際の足袋を作る技法として一部武士から庶民にも広まった。/スペイン語では靴下のことであり、はじめポルトガル語のmeias から「メイヤス」として取り入れられたらしいが、スペイン系の medias が「メリヤス」として取り入れられたほうが勝って、ぐんぐん使われてゆき、「唐人の古里寒しメリヤス足袋 - 眠松」と詠われている。井原西鶴の句にも西鶴の句に「メリヤスをはいて蛤蜊踏まれたり」というのがある。
プラザ(plaza):英語のplace に相当するスペイン語。「広場」
カルデラ(caldera):スペイン語で「釜(かま)」を意味する。火山の中心にできたほぼ円形の大きな凹地。噴火後に火口部が陥没したものが多い。カナリア諸島の噴火口の名で、スペイン人によってつけられたらしい。
カスタネット(castanet): カスタネットは、「栗の実」を意味するスペイン語「castana(カスターニャ)」に由来する。カスタネットが「栗の実」に由来するのは、形が栗の実に似ているからとする説と、古くは、南欧の大きな栗の木で作られていたことからとする説がある。スペイン語で「カスタネット」を表す「castaneta」の「eta(ita)」は縮小辞なので、「小さな栗の実」の意味になるため、大きな栗の木で作られていたことから、「小さな栗の実」の名が付いたとする説がよいと思われる。
昨日のブログを打ちながら、随分前学生時代に、読んだ寺田寅彦の『金平糖』という随筆を思い出した。手元にその随筆集がないので、きっと金に困って何処かの古本屋に売ったに違いない。ネットで探してやっと見つけ出したので、ここに転写しておく。
※物理学者でありすぐれた随筆家でもあった寺田寅彦(筆名・吉村冬彦1889~1935)は、平河町三丁目の生まれと自述年譜に記している。8歳の時には中六番町52(四番町8・マインハイム四番町辺り)に住み、ここから番町小学校に通っている。高校の時、夏目漱石から英語を学び、それ以後師と仰ぐ。『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともいわれているが、このことは漱石が寒月の扱いについて伺いをたてる手紙を書いていることや、帝大理学部の描写やそこで行われている実験が寅彦の案内で見学した体験に基づいていることからも裏付けられるという。自然科学者でありながら文学など自然科学以外の事柄にも造詣が深く、科学と文学を調和させた随筆を多く残している。その中には大陸移動説を先取りするような作品もある。「天災は忘れた頃にやってくる」は寅彦の言葉といわれるが、著書中にその文言はないという。
備忘録 寺田寅彦 『金米糖』
金米糖(こんぺいとう)という菓子は今日ではちょっと普通の菓子屋駄菓子屋(だがしや)には見当たらない。聞いてみるとキャラメルやチョコレートにだんだん圧迫されて、今ではこれを製造するものがきわめてまれになったそうである。もっとも小粒で青黄赤などに着色して小さなガラスびんに入れて売っているのがあるが、あれは少し製法がちがうそうである。
この金米糖のできあがる過程が実に不思議なものである。私の聞いたところでは、純良な砂糖に少量の水を加えて鍋(なべ)の中で溶かしてどろどろした液体とする。それに金米糖の心核となるべき芥子粒(けしつぶ)を入れて杓子(しゃくし)で攪拌(かくはん)し、しゃくい上げしゃくい上げしていると自然にああいう形にできあがるのだそうである。
中に心核があってその周囲に砂糖が凝固してだんだんに生長する事にはたいした不思議はない。しかしなぜあのように角(つの)を出して生長するかが問題である。
物理学では、すべての方向が均等な可能性をもっていると考えられる場合には、対称(シンメトリー)の考えからすべての方面に同一の数量を付与するを常とする。現在の場合に金米糖が生長する際、特にどの方向に多く生長しなければならぬという理由が考えられない、それゆえに金米糖は完全な球状に生長すべきであると結論したとする。しかるに金米糖のほうでは、そういう論理などには頓着(とんちゃく)なく、にょきにょきと角を出して生長するのである。
これはもちろん論理の誤謬(ごびゅう)ではない。誤った仮定から出発したために当然に生まれた誤った結論である。このパラドックスを解く鍵(かぎ)はどこにあるかというと、これは畢竟(ひっきょう)、統計的平均についてはじめて言われうるすべての方向の均等性という事を、具体的に個体にそのまま適用した事が第一の誤りであり、次には平均からの離背が一度でき始めるとそれがますます助長されるいわゆる不安定の場合のある事を忘れたのが第二の誤りである。
平均の球形からの偶然な統計的異同 fluctuation(フラクチュエーション) が、一度少しでもできて、そうしてそのためにできた高い所が低い所よりも生長する割合が大きくなるという物理的条件さえあればよい。現在の場合にこの条件が何であるかはまだよくわからないが、そのような可能性はいくらも考え得られる。
おもしろい事には金米糖の角の数がほぼ一定している、その数を決定する因子が何であるか、これは一つのきわめて興味ある問題である。
従来の物理学ではこの金米糖の場合に問題となって来るような個体のfluctuation(フラクチュエーション)の問題が多くは閑却されて来た。その異同がいつも自働的に打ち消されるような条件の備わった場合だけが主として取り扱われて来た。そうでない不安定の場合は、言わば見ても見ぬふりをして過ぎて来た。畢竟(ひっきょう)はそういうものをいかにして取り扱ってよいかという見当がつかなかったせいもあろうが、一つにはまた物理学がその「伝統の岩窟(がんくつ)」にはまり込んで安きを偸(ぬす)んでいたためとも言われうる。
物理学上における偶然異同の現象の研究は近年になっていくらか新しい進展の曙光(しょこう)を漏らし始めたように見えるが、今のところまだまだその研究の方法も幼稚で範囲もはなはだ狭い。
そういう意味から、金米糖の生成に関する物理学的研究は、その根本において、将来物理学全般にわたっての基礎問題として重要なるべきあるものに必然に本質的に連関して来るものと言ってもよい。
同じ意味で将来の研究問題と考えられる数々の現象の一つは、Lichtenberg〔リヒテンベルク、1742~1799年〕の放電図形である。これも従来はほとんど骨董的(こっとうてき)題目(だいもく)として閑却され、たまたまこれを研究する好事家(こうずか)は多くの学者の嘲笑(ちょうしょう)を買ったくらいである。ところが皮肉な事には最近に至ってこの現象が電気工学で高圧の測定に応用される可能性が認められるようになって、だんだんこの研究に従事する人の数を増すように見える。しかし今までのところまだだれもこの現象の成因について説明を試みた人はない。しかるにこの現象はその根本の性質上おのずから金米糖の生成とある点まで共通な因子をもっている。そしておそらく将来ある「一つの石によって落とさるべき二つの鳥」である。
生物学上の「生命」の問題に対しては、今のところ物理学はなんら容喙(ようかい)の権利をもたない。Lord Kelvin(ロード・ケルヴィン、1824~1907年、イギリスの物理学者William Thomsonのこと)は地球上の生命の種子が光圧によって星の世界から運ばれたという想像を述べた。しかしそれは生命そのものの起原に対しては枝葉の問題である。今のままの物理学ではおそらく永久に無力であろうが、もし物理学上の統計的異同の研究が今後次第に進歩して行けばこの方面から意外の鍵(かぎ)が授けられて物質と生命との間に橋を架ける日が到着するかもしれないという空想が起こる。
街上を往来している人間の数についてある統計を取ってみると、その結果は、個々の人間もあたかも無生のガス分子ででもあると同様な統計的分布を示す事が証明される。もし人間以外のあるものが他の世界からこれら街上の人間についてただこのような統計的分布に関係した事がらのみを観察していたならば、そのものの目には、人間は無生の微分子としか見えないであろう。そうして、その同じ微分子が、一方で有機的な国家社会的の機関を構成しているのを見てその有機体の生命の起原を疑い怪しむに相違ない。
このアナロジーから喚起される一つの空想は、もしや生命の究極の種が一つ一つの物質分子の中にすでに備わっているのではないかという事である。物理学者はおそらくただその統計的の現われのみを観察しているのではないだろうか、そうして無生の微粒と思っているものが生物という国家を作り社会を組織しているのに会って驚き怪しんでいるのではないだろうか。
同一元素の分子の個々のものに個性の可能性を認めようとした人は前にもあった。ついでに原子個々にそれぞれ生命を付与する事によって科学の根本に横たわる生命と物質の二元をひとまとめにする事はできないものだろうか。
金米糖の物理から出発したのが、だんだんに空想の梯子(はしご)をよじ登って、とうとう千古の秘密のなぞである生命の起原にまでも立ち入る事になったのはわれながら少しく脱線であると思う。近年の記録を破ったことしの夏の暑さに酔わされた痴人の酔中語のようなものであると見てもらうほうが適当かもしれない。
それにしてもこのおもしろい金米糖が千島(ちしま)アイヌかなんぞのように滅びて行くのは惜しい。天然物保存に骨を折る人たちは、ついでにこういうものの保存も考えてもらいたいものである。
日本物理学会誌 Vol.64, No.10, 2009より
金平糖は、砂糖水で作る、表面に凹凸の角があるお菓子です。日本へはポルトガル人が1550年にカステラと共に南蛮菓子として伝えました。
金平糖の作り方
・大きな中華鍋を加熱する(中華鍋は必須ではなく、ロータリーエバポーレーターでも可)
・ザラメの粒を1000個以上鍋の中に入れる
・鍋の過熱を続けながら、回転によって攪拌する
・攪拌しながら飽和濃度に近く粘度の高いショ糖溶液を上から加る
・ザラメを核に金平糖が成長を始める
・ショ糖液は金平糖の表面が乾く頃合いを見計らいながら育成の間継続的に補給する
・やがて表面におなじみの角が生え始める
・数十時間後に立派な角が生えた金平糖ができあがり
金平糖の形について科学的な研究が行われ始めたのは1980年代に入ってからで、この頃流行したフラクタルやカオスに関する研究と関係があり、角成長を数式で解析したり、コンピューター上で再現するシミュレーションモデルなどにかんする研究が盛んに行われました。
※fractale(フラクタル)は、フランスの数学者Benoît Mandelbrot〔ブノワ・マンデルブロ、1924~2010年〕 が導入した幾何学の概念。図形の部分と全体が自己相似になっているものなどをいう。
※chaos theory(カオスセオリー、カオス理論)は、力学系の一部に見られる、予測できない複雑な様子を示す現象を扱う理論である。カオス力学ともいう。
金平糖に角が生える現象は、雪のような結晶の成長で見られる凸凹と基本的に同じもので、金平糖や雪が成長する過程でノイズによって生じた小さな形状のムラがさらに増幅されるメカニズムによって説明されます。外側にとがった場所にはより多くのショ糖が集まるのが化学的な決まりがあり、その逆にへこんだ部分にはショ糖はあまり流れ込まない化学的な決まりもありますので、いったん角になった部分はますます成長することになります。
金平糖を実験室で成長させる実験結果によると、ザラメを構成する蔗糖の結晶は単斜晶系と呼ばれるマッチ箱のような形をしており、ザラメから金平糖を成長させると最初はマッチ箱の両端から角を出すようないびつな形で成長を開始し、成長しながら球に近づいていく様子が観察されました。最初に生える角の本数は粒の大きさに関係なく90本くらいからスタートし、成長に伴って角の数は減少し、最終的には20~24本の角を持つ金平糖が最も多くなります。また、成長の各段階で金平糖を計測したところ、粒子の大きさと角の間隔には比例関係があり、粒径が4mmの時には角の間隔は1mm、粒径が7mmに成長すると角の間隔は3mmとなっていました。一方で、どのような因子が角の長さを決定するのかについてはいまだによくわかっていません。
備忘録 寺田寅彦 『金米糖』
金米糖(こんぺいとう)という菓子は今日ではちょっと普通の菓子屋駄菓子屋(だがしや)には見当たらない。聞いてみるとキャラメルやチョコレートにだんだん圧迫されて、今ではこれを製造するものがきわめてまれになったそうである。もっとも小粒で青黄赤などに着色して小さなガラスびんに入れて売っているのがあるが、あれは少し製法がちがうそうである。
この金米糖のできあがる過程が実に不思議なものである。私の聞いたところでは、純良な砂糖に少量の水を加えて鍋(なべ)の中で溶かしてどろどろした液体とする。それに金米糖の心核となるべき芥子粒(けしつぶ)を入れて杓子(しゃくし)で攪拌(かくはん)し、しゃくい上げしゃくい上げしていると自然にああいう形にできあがるのだそうである。
中に心核があってその周囲に砂糖が凝固してだんだんに生長する事にはたいした不思議はない。しかしなぜあのように角(つの)を出して生長するかが問題である。
物理学では、すべての方向が均等な可能性をもっていると考えられる場合には、対称(シンメトリー)の考えからすべての方面に同一の数量を付与するを常とする。現在の場合に金米糖が生長する際、特にどの方向に多く生長しなければならぬという理由が考えられない、それゆえに金米糖は完全な球状に生長すべきであると結論したとする。しかるに金米糖のほうでは、そういう論理などには頓着(とんちゃく)なく、にょきにょきと角を出して生長するのである。
これはもちろん論理の誤謬(ごびゅう)ではない。誤った仮定から出発したために当然に生まれた誤った結論である。このパラドックスを解く鍵(かぎ)はどこにあるかというと、これは畢竟(ひっきょう)、統計的平均についてはじめて言われうるすべての方向の均等性という事を、具体的に個体にそのまま適用した事が第一の誤りであり、次には平均からの離背が一度でき始めるとそれがますます助長されるいわゆる不安定の場合のある事を忘れたのが第二の誤りである。
平均の球形からの偶然な統計的異同 fluctuation(フラクチュエーション) が、一度少しでもできて、そうしてそのためにできた高い所が低い所よりも生長する割合が大きくなるという物理的条件さえあればよい。現在の場合にこの条件が何であるかはまだよくわからないが、そのような可能性はいくらも考え得られる。
おもしろい事には金米糖の角の数がほぼ一定している、その数を決定する因子が何であるか、これは一つのきわめて興味ある問題である。
従来の物理学ではこの金米糖の場合に問題となって来るような個体のfluctuation(フラクチュエーション)の問題が多くは閑却されて来た。その異同がいつも自働的に打ち消されるような条件の備わった場合だけが主として取り扱われて来た。そうでない不安定の場合は、言わば見ても見ぬふりをして過ぎて来た。畢竟(ひっきょう)はそういうものをいかにして取り扱ってよいかという見当がつかなかったせいもあろうが、一つにはまた物理学がその「伝統の岩窟(がんくつ)」にはまり込んで安きを偸(ぬす)んでいたためとも言われうる。
物理学上における偶然異同の現象の研究は近年になっていくらか新しい進展の曙光(しょこう)を漏らし始めたように見えるが、今のところまだまだその研究の方法も幼稚で範囲もはなはだ狭い。
そういう意味から、金米糖の生成に関する物理学的研究は、その根本において、将来物理学全般にわたっての基礎問題として重要なるべきあるものに必然に本質的に連関して来るものと言ってもよい。
生物学上の「生命」の問題に対しては、今のところ物理学はなんら容喙(ようかい)の権利をもたない。Lord Kelvin(ロード・ケルヴィン、1824~1907年、イギリスの物理学者William Thomsonのこと)は地球上の生命の種子が光圧によって星の世界から運ばれたという想像を述べた。しかしそれは生命そのものの起原に対しては枝葉の問題である。今のままの物理学ではおそらく永久に無力であろうが、もし物理学上の統計的異同の研究が今後次第に進歩して行けばこの方面から意外の鍵(かぎ)が授けられて物質と生命との間に橋を架ける日が到着するかもしれないという空想が起こる。
街上を往来している人間の数についてある統計を取ってみると、その結果は、個々の人間もあたかも無生のガス分子ででもあると同様な統計的分布を示す事が証明される。もし人間以外のあるものが他の世界からこれら街上の人間についてただこのような統計的分布に関係した事がらのみを観察していたならば、そのものの目には、人間は無生の微分子としか見えないであろう。そうして、その同じ微分子が、一方で有機的な国家社会的の機関を構成しているのを見てその有機体の生命の起原を疑い怪しむに相違ない。
このアナロジーから喚起される一つの空想は、もしや生命の究極の種が一つ一つの物質分子の中にすでに備わっているのではないかという事である。物理学者はおそらくただその統計的の現われのみを観察しているのではないだろうか、そうして無生の微粒と思っているものが生物という国家を作り社会を組織しているのに会って驚き怪しんでいるのではないだろうか。
同一元素の分子の個々のものに個性の可能性を認めようとした人は前にもあった。ついでに原子個々にそれぞれ生命を付与する事によって科学の根本に横たわる生命と物質の二元をひとまとめにする事はできないものだろうか。
金米糖の物理から出発したのが、だんだんに空想の梯子(はしご)をよじ登って、とうとう千古の秘密のなぞである生命の起原にまでも立ち入る事になったのはわれながら少しく脱線であると思う。近年の記録を破ったことしの夏の暑さに酔わされた痴人の酔中語のようなものであると見てもらうほうが適当かもしれない。
それにしてもこのおもしろい金米糖が千島(ちしま)アイヌかなんぞのように滅びて行くのは惜しい。天然物保存に骨を折る人たちは、ついでにこういうものの保存も考えてもらいたいものである。
日本物理学会誌 Vol.64, No.10, 2009より
金平糖は、砂糖水で作る、表面に凹凸の角があるお菓子です。日本へはポルトガル人が1550年にカステラと共に南蛮菓子として伝えました。
金平糖の作り方
・大きな中華鍋を加熱する(中華鍋は必須ではなく、ロータリーエバポーレーターでも可)
・ザラメの粒を1000個以上鍋の中に入れる
・鍋の過熱を続けながら、回転によって攪拌する
・攪拌しながら飽和濃度に近く粘度の高いショ糖溶液を上から加る
・ザラメを核に金平糖が成長を始める
・ショ糖液は金平糖の表面が乾く頃合いを見計らいながら育成の間継続的に補給する
・やがて表面におなじみの角が生え始める
・数十時間後に立派な角が生えた金平糖ができあがり
金平糖の形について科学的な研究が行われ始めたのは1980年代に入ってからで、この頃流行したフラクタルやカオスに関する研究と関係があり、角成長を数式で解析したり、コンピューター上で再現するシミュレーションモデルなどにかんする研究が盛んに行われました。
※fractale(フラクタル)は、フランスの数学者Benoît Mandelbrot〔ブノワ・マンデルブロ、1924~2010年〕 が導入した幾何学の概念。図形の部分と全体が自己相似になっているものなどをいう。
※chaos theory(カオスセオリー、カオス理論)は、力学系の一部に見られる、予測できない複雑な様子を示す現象を扱う理論である。カオス力学ともいう。
金平糖を実験室で成長させる実験結果によると、ザラメを構成する蔗糖の結晶は単斜晶系と呼ばれるマッチ箱のような形をしており、ザラメから金平糖を成長させると最初はマッチ箱の両端から角を出すようないびつな形で成長を開始し、成長しながら球に近づいていく様子が観察されました。最初に生える角の本数は粒の大きさに関係なく90本くらいからスタートし、成長に伴って角の数は減少し、最終的には20~24本の角を持つ金平糖が最も多くなります。また、成長の各段階で金平糖を計測したところ、粒子の大きさと角の間隔には比例関係があり、粒径が4mmの時には角の間隔は1mm、粒径が7mmに成長すると角の間隔は3mmとなっていました。一方で、どのような因子が角の長さを決定するのかについてはいまだによくわかっていません。
天正12(1543)年、種子島に漂着し、鉄砲を伝えてから、寛永16(1639)年、来航禁止の最後通牒を突き付けられるまでの96年という長い年月の間ポルトガル人は日本に来航した初めての西洋人として日本人と交渉を持っていた。日本人の精神生活に及ぼした彼らの影響には計り知れないものがある。キリシタンが禁じられたため、今日まで生き残っているポルトガル語からの外来語は極めて少ないが、当時のキリシタン関係用語は、若干のラテン語・スペイン語を含めると500語を算するという。/いっぽうポルトガルとの貿易は、近況後も盛んに行われ、今まで日本人の知らなかったもの珍しい品々も引き続き沢山入ってきた。それにともなって、その名称も原語をそっくりそのまま借りる場合も多かった。そういう言葉が事物とともにいったん日本人の生活のなかに根ざしてしまうと、後からやって来たスペイン語・オランダ語などが、それに取って代わることは容易なことではなかった。このため、オランダとの貿易がさかんとなった江戸時代でも、なおかつポルトガル語からの外来語が相当使われていたらしい。今われわれが使っているものは通商関係用語がほとんどであって、キリシタン関係用語は数えるほどしかない。思いつくままにポルトガル語からの外来語を少々調べてみた。
モール(mogol):原義はインドのムガル帝国に由来するという。「莫臥児」とも書く。/緞子(どんす)に似た浮き織りの織物。たて糸に絹糸を、よこ糸に金糸・銀糸・色糸を用いて花紋などを織りだしたもの。金糸を用いたものを金モール、銀糸を用いたものを銀モールという。名物裂(ぎれ)として茶人に愛好された。モール織り。/金・銀あるいは色糸をからませた飾り撚(よ)りの糸。モール糸。/針金に色糸・ビニールなどを撚りつけたもの。クリスマスの飾りや手芸などに用いる。
ボーロ(bolo):焼菓子の一つであり、南蛮菓子の一つである。/ポルトガル語で「ケーキ」を意味し、小麦粉(そば粉や片栗粉も使ったものもある)に卵、砂糖などを加えてこね、成型してから焼き上げたもの。一般的にはカリッとした軽い歯ざわりと口中でさらりと溶ける食感が特徴であるが、中にはカステラのようにしっとり焼き上げたものもある。日本には16世紀にポルトガルから伝えられた。
ピン・キリ(pinta・cuuz」:「ピン」は「点」を意味するポルトガル語「pinta(ピンタ)」に由来し、カルタやサイコロの目の「一」を意味するようになり、転じて「初め」「最上」の意味となった。「キリ」は「十字架」を意味するポルトガル語「cruz(クルス)」が転じた語で、「十」を意味するようになり、「終わり」「最低」の意味になったとする説と、「限り」を意味する「切り」を語源とする説がある。天正年間に流行した天正カルタでは、各グループの終わりの12枚目を「キリ」と称していることから、「十字架(クルス)」の「十」が語源とは考え難いため、「限り」を意味する「切り」が有力とされている。
パン(pão):西 pan、仏 pain、伊: paneといい、日本へはポルトガル人が伝えた。小麦粉やライ麦粉などに水、酵母、塩などを加えて作った生地を発酵させた後に焼いた食品(発酵パン)。変種として、蒸したり、揚げたりするものもある。また、レーズン、ナッツなどを生地に練り込んだり、別の食材を生地で包んだり、生地に乗せて焼くものもある。生地を薄くのばして焼くパンや、ベーキングパウダーや重曹を添加して焼くパンの中には、酵母を添加せずに作られるもの(無発酵パン)も多い。これらは、多くの国で主食となっている。/日本語および朝鮮語・中国語での漢字表記は麺麭と表すが、現在ではほとんど用いられていない。
トタン(Tutanaga):波板のトタンを切断する際には波板が変形してしまうことを防ぐために専用のはさみが用いられることが多い。簡易な建造物の屋根や外壁、塀に用いられたり雨どいなどに使われる。またバケツ、じょうろ、ちりとり等の日用品の材料にも用いられる。
チャルメラ「charamela」:イタリア語では「チャラメッラ(ciaramella)」、フランス語では「シャリュモー(chalumeau)」と称する。英語では「ショーム(shawm)」といい、これはフランス語由来。/漢字表記は「嗩吶(スオナー)」。中国の楽器「嗩吶」(スオナー:簡体字表記「唢呐」)に由来し、「唐人笛」と呼ばれていたこともある。嗩吶は京劇などで用いられた楽器であり、日本には安土桃山時代に伝わったとみられる。江戸時代初期に長崎を訪れたポルトガル人が、この楽器を「チャラメラ」と呼んだことから、嗩吶のことを「チャルメラ」と呼ぶようになった。/屋台のラーメン屋の客寄せによく使われるチャルメラのメロディーを鳴らす自動車用警笛『チャルメラホーン』を指してチャルメラと呼ぶ。多くの人に知られており、そのメロディーはソラシーラソーソラシラソラーというものである。/歌舞伎の下座で使用されることもあり、ラーメン・豆腐・納豆などの流しの屋台や物売りで客寄せにチャルメラを使用しているケースがある。
※サーサーン朝期のペルシアにて軍楽隊が使用した楽器が起源とされる。のちにスペイン、ポルトガルに伝えられ、ヨーロッパに普及した。その構造は、フランスのJean Hotteterre〔ジャン・オトテール、1648?~1732年)〕らによって室内用楽器として改良が加えられ、オーボエの誕生に繋がったという。/トルコの伝統楽器『zurna(ズルナ)』もこの系統であり、形もチャルメラに似ている。
タバコ(tabaco):タバコの語源は、スペイン語やポルトガル語の "tabaco"である。/タバコ自体は15世紀にアメリカ大陸からヨーロッパに伝えられたものであるが、それ以前からスペインでは薬草類を "tabaco"と呼んでいた。しばしばアメリカ・インディアンの言葉が語源であると言われるが、それは誤りである。/スペイン語の "tabaco" は、古いアラビア語で薬草の一種を示す "tabaq" という言葉が語源であるとみられている。/この単語が、フランス語では "tabac"、ドイツ語では "Tabak"、英語では "tobacco" となった。日本ではポルトガル語の音に近い「タバコ」として広まった。/漢字の当て字としては「多巴古」、「佗波古」、「多葉粉」、「莨」、「淡婆姑」などが用いられる事があるが、「煙草」と書かれる事が最も多い。中国語では「香烟」と呼ぶ(「烟」は煙の意)
シャボン(sabao):石鹸の「石」は固い物の意味。「鹸」は塩水が固まったアルカリの結晶、また灰をこした水のことで、アルカリ性で洗濯にも使えることから、本来は「鹸」の一字で「石鹸」も意味する。つまり、「固い鹸」の意味として日本人が考えた造語である。/南蛮貿易により渡来したが、当初は灰汁を麦粉で固めたものを言い、「鹸」の意味のまま用いられていた。/最古の確かな文献は、1596年(慶長元年8月)、石田三成が博多の豪商神屋宗湛に送ったシャボンの礼状で、ここには「志也保牟(シャボン)」と記されているという。/江戸時代には「シャボン」が常用語として使われていたため「石鹸」の語はあまり見られないが、明治に入ると漢語重視の風潮になり、多く用いられるようになった。ただし、この当時の振り仮名は「シャボン」とされるのが普通で、「せっけん」と読まれるのは明治後半からである。/「シャボン」という言葉はポルトガル語の(sabao)が語源だといい、石鹸の産地、イタリアの石鹸製造都市サボナに由来すると言われている。
ザボン(zamboa):標準和名はザボン(朱欒、香欒)。ボンタンとも呼ばれる。一般に文旦(ブンタン)と呼ばれ、柑橘類の一種である。/原生地は東南アジア・中国南部・台湾などであり、日本には江戸時代初期に渡来した。/ブンタンの名前については、清国広東省の通商船船長「謝文旦」(しゃぶんたん、潮州語ジアブンタン)の名前から取ったといわれる。船が遭難して薩摩で助けられた礼として、朱欒(しゅらん)と白欒(はくらん)という珍しい柑橘類をくれたのを植えて育てたのが広まったという説、貿易船として薩摩藩にやってきていた船が地元の通訳の原田喜右衛門に対して渡したという説、など数説ある。伝来したとされるのは鹿児島県の阿久根市とされ、生産量も多いことなどから1971年(昭和46年)に市の木に制定されている。/第二次世界大戦前にはジャボンと呼ばれるのが一般的であり、これはジアブンタン(謝文旦)の略と考えられるが、ジャボンから転じたザボンの名前については、ポルトガル語のzamboa(元の意味は「サイダー」)から転じたという説もある。/ポルトガル語のzamboa を受け入れたのだから、ザンボアのはずであるが、面白いことに、ザンボアからザボン、更に転じてザボンに変わってしまった。
コンペートー(confeito):金平糖(こんぺいとう、コンペイトー)とは、砂糖と下味のついた水分を原料に、表面に凹凸状の突起(角状)をもつ小球形の日本の菓子。/金米糖、金餅糖、糖花とも表記される。語源はポルトガル語のconfeito (コンフェイト)という 。初めて日本に金平糖が伝わった時期については諸説あるが、1546年(天文15年)にカステラ(《pao de》Castella)・有平糖(アルヘイトウ、alfeloa)などとともに南蛮菓子としてポルトガルから伝えられたとされる。
コップ(オランダ語: kop、ポルトガル語: copo):歴史的にコップが日本に伝わったのは、江戸時代で、ギヤマン(オランダ語:diamant/ポルトガル語:diamante)やビードロ(vidro)などのガラス製品とともに伝わったため、英語を語源とするカップではなくオランダ語やポルトガル語を語源とするコップと表現される。古くから日本に伝わっていたため、江戸時代を経て外国との交流のあった長崎などを中心に各地の工芸品に見ることができる。
キリシタン(Cristao):日本の戦国時代から江戸時代、更には明治の初めごろまで使われていた言葉であり、もともとはポルトガル語で「キリスト教徒」という意味である。英語では「クリスチャン」(Christian)となる。元来はキリスト教徒全般を指すが、実際に使われるこの語は、戦国期以後日本に伝来したキリスト教(カトリック)の信者・伝道者またその働きについてである。たとえば、貿易に関わったオランダ人は、キリスト教徒であるが、キリシタンとは捉えられていない。/漢字では吉利支丹などと書く。江戸時代以降は禁教令等による弾圧に伴い侮蔑を込めて切死丹、鬼理死丹という当て字も使われるようになった。なお、5代将軍徳川綱吉の名に含まれる吉の字をはばかって、綱吉治世以降は吉利支丹という字は公には使われなくなり、切支丹という表記が一般となった。/現在では、「キリシタン」という言葉は「キリシタン大名」や「隠れキリシタン」などの歴史的な用語として使う場合がほとんどであり、現代のキリスト教徒のことを指す場合は英語読みの「クリスチャン」を用いることが一般的である。また、カトリック・プロテスタントを問わず日本のキリスト教徒が「キリシタン」と自称することもほとんどない。特に長崎県などでは、かつての禁教・迫害などのつらい歴史を連想させるためか、この呼称を嫌うカトリック信徒も少なくない。
カルメラ(caramelo):語源はポルトガル語の「甘いもの」(caramelo)による。作るには砂糖を融かす熱源と砂糖を融かす型、そして攪拌するための割り箸や菜箸のような棒があればよい。材料は水・砂糖・重曹(膨らし粉)である。/作り方は単純で、ザラメまたは赤砂糖(三温糖)に少量の水を加え加熱して融かし、重曹を加えて手早くかき混ぜ、炭酸ガスで発泡したところで、冷やしながら軽石状に固めたものである。古くは重曹の代わりに卵白を用いていた。ただ、砂糖と水の分量や、火から下ろすタイミング次第では失敗することがある。冷やす際には、水に濡らしたタオルの上に形を押し当てながら、溶けた砂糖が発泡状態のまま固まるようにさせればよい。/発泡させた飴のようなモノでもあり、サクサクした歯応えと濃厚な甘さ、加えてカラメルのような砂糖の焦げた風味がある。
カルタ(carta):語源はポルトガル語だが、同様の遊戯は日本とポルトガルとの接触前からあったものと考えられている。元々は、平安時代の二枚貝の貝殻をあわせる遊び「貝覆い(貝合せ)」である。これとヨーロッパ由来のカードゲームが融合し、元禄時代頃に今日の遊び方となったという。/その名称はポルトガル語で手紙、あるいは紙板状のもの、トランプなどを意味するcartaに由来する。/元々はトランプなどのカードゲーム一般を指した。現代日本では、花札か、読み札にあわせた絵札をとってその枚数を競う競技を意味するようになった。
カッパ(capa):合羽はポルトガル語の「capa」の音写語で、16世紀に来日したキリスト教の宣教師が着ていた外衣が元であり、合羽の他に勝羽とも書かれ、南蛮蓑とも呼ばれた。/合羽は当初は羅紗を材料とし、見た目が豪華なため、織田信長や豊臣秀吉などの武士階級に珍重された。江戸時代に入ると、富裕な商人や医者が贅を競ったため、幕府がこれを禁止し、桐油を塗布した和紙製の物へと替わっていった。/合羽は安価で軽量で便利なため、瞬く間に普及し、寛保年間には小さく畳んで懐に入れられる懐中合羽が発明され、旅行の際の必需品として使用された。合羽の原料となる桐油紙は、合羽だけでなく、荷物や駕籠の被いや出産の際の敷物(お産合羽)としても使用された。
カステラ(pao de Castella):鶏卵を泡立てて小麦粉、砂糖(水飴)を混ぜ合わせた生地をオーブンで焼いた菓子のひとつ。/名前の由来は一般的にはスペインのカスティーリャ王国(Castilla)のポルトガル語発音であるカステーラ(Castela)と言われている。また、異説として、カステラ製造過程でのメレンゲを作る際、高く高く盛り上げる時「お城(castelo)のように高くなれ!」と言ったことから、カステロ=カステラ、となったという説もある。いずれにせよ、パン・デ・カスティーリャ(pão de Castela、カスティーリャ地方のパン)や、ビスコチョ(元は乾パン状の船乗りの保存食だったが、16世紀末頃、柔らかく焼き上げるレシピが生まれている)が由来とされる。ポルトガルの焼菓子であるパン・デ・ロー(pão de ló)が製法的に似ていることから、こちらを始祖とする説も有力である。また、これらの原型は、中国の点心の一つであり、マレーの地名を関する「馬拉糕」や、沖縄の「鶏卵糕(ちいるんこう)」と呉方言のような読みをする蒸しカステラ類と共通する可能性も考えられる。/一般的な説では16世紀の室町時代末期に、ポルトガルの宣教師によって平戸や長崎に伝えられたとされる。当初のカステラは鶏卵、小麦粉、砂糖で作った簡素なものであり、ヨーロッパの菓子類としては珍しく乳製品を用いないことから、乳製品を生産、常用しない当時の日本にも残ることができた。カステラの製造に重要なオーブンは当時の日本には存在せず、オーブンに代替する天火として、引き釜という炭火を用いる日本独自の装置が考案された。
ミイラ(mirra ):木乃伊(ミイラ)とは、人為的加工ないし自然条件によって乾燥され、長期間原型を留めている死体のことである。/日本語の「ミイラ」は16~17世紀にポルトガル人から採り入れた言葉のひとつで、ポルトガル語の mirra は元来「没薬」を意味するものであった。 「ミイラ」への転義の詳しい経緯はつまびらかでないが、没薬がミイラの防腐剤として用いられた事実、また洋の東西を問わず“ミイラ薬”(ミイラの粉末)が不老長寿の薬として珍重された事実があることから、一説に、“ミイラ薬”(の薬効)と没薬(の薬効)との混同があったという。
ボーロ(bolo):焼菓子の一つであり、南蛮菓子の一つである。/ポルトガル語で「ケーキ」を意味し、小麦粉(そば粉や片栗粉も使ったものもある)に卵、砂糖などを加えてこね、成型してから焼き上げたもの。一般的にはカリッとした軽い歯ざわりと口中でさらりと溶ける食感が特徴であるが、中にはカステラのようにしっとり焼き上げたものもある。日本には16世紀にポルトガルから伝えられた。
ピン・キリ(pinta・cuuz」:「ピン」は「点」を意味するポルトガル語「pinta(ピンタ)」に由来し、カルタやサイコロの目の「一」を意味するようになり、転じて「初め」「最上」の意味となった。「キリ」は「十字架」を意味するポルトガル語「cruz(クルス)」が転じた語で、「十」を意味するようになり、「終わり」「最低」の意味になったとする説と、「限り」を意味する「切り」を語源とする説がある。天正年間に流行した天正カルタでは、各グループの終わりの12枚目を「キリ」と称していることから、「十字架(クルス)」の「十」が語源とは考え難いため、「限り」を意味する「切り」が有力とされている。
パン(pão):西 pan、仏 pain、伊: paneといい、日本へはポルトガル人が伝えた。小麦粉やライ麦粉などに水、酵母、塩などを加えて作った生地を発酵させた後に焼いた食品(発酵パン)。変種として、蒸したり、揚げたりするものもある。また、レーズン、ナッツなどを生地に練り込んだり、別の食材を生地で包んだり、生地に乗せて焼くものもある。生地を薄くのばして焼くパンや、ベーキングパウダーや重曹を添加して焼くパンの中には、酵母を添加せずに作られるもの(無発酵パン)も多い。これらは、多くの国で主食となっている。/日本語および朝鮮語・中国語での漢字表記は麺麭と表すが、現在ではほとんど用いられていない。
トタン(Tutanaga):波板のトタンを切断する際には波板が変形してしまうことを防ぐために専用のはさみが用いられることが多い。簡易な建造物の屋根や外壁、塀に用いられたり雨どいなどに使われる。またバケツ、じょうろ、ちりとり等の日用品の材料にも用いられる。
※サーサーン朝期のペルシアにて軍楽隊が使用した楽器が起源とされる。のちにスペイン、ポルトガルに伝えられ、ヨーロッパに普及した。その構造は、フランスのJean Hotteterre〔ジャン・オトテール、1648?~1732年)〕らによって室内用楽器として改良が加えられ、オーボエの誕生に繋がったという。/トルコの伝統楽器『zurna(ズルナ)』もこの系統であり、形もチャルメラに似ている。
タバコ(tabaco):タバコの語源は、スペイン語やポルトガル語の "tabaco"である。/タバコ自体は15世紀にアメリカ大陸からヨーロッパに伝えられたものであるが、それ以前からスペインでは薬草類を "tabaco"と呼んでいた。しばしばアメリカ・インディアンの言葉が語源であると言われるが、それは誤りである。/スペイン語の "tabaco" は、古いアラビア語で薬草の一種を示す "tabaq" という言葉が語源であるとみられている。/この単語が、フランス語では "tabac"、ドイツ語では "Tabak"、英語では "tobacco" となった。日本ではポルトガル語の音に近い「タバコ」として広まった。/漢字の当て字としては「多巴古」、「佗波古」、「多葉粉」、「莨」、「淡婆姑」などが用いられる事があるが、「煙草」と書かれる事が最も多い。中国語では「香烟」と呼ぶ(「烟」は煙の意)
シャボン(sabao):石鹸の「石」は固い物の意味。「鹸」は塩水が固まったアルカリの結晶、また灰をこした水のことで、アルカリ性で洗濯にも使えることから、本来は「鹸」の一字で「石鹸」も意味する。つまり、「固い鹸」の意味として日本人が考えた造語である。/南蛮貿易により渡来したが、当初は灰汁を麦粉で固めたものを言い、「鹸」の意味のまま用いられていた。/最古の確かな文献は、1596年(慶長元年8月)、石田三成が博多の豪商神屋宗湛に送ったシャボンの礼状で、ここには「志也保牟(シャボン)」と記されているという。/江戸時代には「シャボン」が常用語として使われていたため「石鹸」の語はあまり見られないが、明治に入ると漢語重視の風潮になり、多く用いられるようになった。ただし、この当時の振り仮名は「シャボン」とされるのが普通で、「せっけん」と読まれるのは明治後半からである。/「シャボン」という言葉はポルトガル語の(sabao)が語源だといい、石鹸の産地、イタリアの石鹸製造都市サボナに由来すると言われている。
ザボン(zamboa):標準和名はザボン(朱欒、香欒)。ボンタンとも呼ばれる。一般に文旦(ブンタン)と呼ばれ、柑橘類の一種である。/原生地は東南アジア・中国南部・台湾などであり、日本には江戸時代初期に渡来した。/ブンタンの名前については、清国広東省の通商船船長「謝文旦」(しゃぶんたん、潮州語ジアブンタン)の名前から取ったといわれる。船が遭難して薩摩で助けられた礼として、朱欒(しゅらん)と白欒(はくらん)という珍しい柑橘類をくれたのを植えて育てたのが広まったという説、貿易船として薩摩藩にやってきていた船が地元の通訳の原田喜右衛門に対して渡したという説、など数説ある。伝来したとされるのは鹿児島県の阿久根市とされ、生産量も多いことなどから1971年(昭和46年)に市の木に制定されている。/第二次世界大戦前にはジャボンと呼ばれるのが一般的であり、これはジアブンタン(謝文旦)の略と考えられるが、ジャボンから転じたザボンの名前については、ポルトガル語のzamboa(元の意味は「サイダー」)から転じたという説もある。/ポルトガル語のzamboa を受け入れたのだから、ザンボアのはずであるが、面白いことに、ザンボアからザボン、更に転じてザボンに変わってしまった。
コンペートー(confeito):金平糖(こんぺいとう、コンペイトー)とは、砂糖と下味のついた水分を原料に、表面に凹凸状の突起(角状)をもつ小球形の日本の菓子。/金米糖、金餅糖、糖花とも表記される。語源はポルトガル語のconfeito (コンフェイト)という 。初めて日本に金平糖が伝わった時期については諸説あるが、1546年(天文15年)にカステラ(《pao de》Castella)・有平糖(アルヘイトウ、alfeloa)などとともに南蛮菓子としてポルトガルから伝えられたとされる。
コップ(オランダ語: kop、ポルトガル語: copo):歴史的にコップが日本に伝わったのは、江戸時代で、ギヤマン(オランダ語:diamant/ポルトガル語:diamante)やビードロ(vidro)などのガラス製品とともに伝わったため、英語を語源とするカップではなくオランダ語やポルトガル語を語源とするコップと表現される。古くから日本に伝わっていたため、江戸時代を経て外国との交流のあった長崎などを中心に各地の工芸品に見ることができる。
キリシタン(Cristao):日本の戦国時代から江戸時代、更には明治の初めごろまで使われていた言葉であり、もともとはポルトガル語で「キリスト教徒」という意味である。英語では「クリスチャン」(Christian)となる。元来はキリスト教徒全般を指すが、実際に使われるこの語は、戦国期以後日本に伝来したキリスト教(カトリック)の信者・伝道者またその働きについてである。たとえば、貿易に関わったオランダ人は、キリスト教徒であるが、キリシタンとは捉えられていない。/漢字では吉利支丹などと書く。江戸時代以降は禁教令等による弾圧に伴い侮蔑を込めて切死丹、鬼理死丹という当て字も使われるようになった。なお、5代将軍徳川綱吉の名に含まれる吉の字をはばかって、綱吉治世以降は吉利支丹という字は公には使われなくなり、切支丹という表記が一般となった。/現在では、「キリシタン」という言葉は「キリシタン大名」や「隠れキリシタン」などの歴史的な用語として使う場合がほとんどであり、現代のキリスト教徒のことを指す場合は英語読みの「クリスチャン」を用いることが一般的である。また、カトリック・プロテスタントを問わず日本のキリスト教徒が「キリシタン」と自称することもほとんどない。特に長崎県などでは、かつての禁教・迫害などのつらい歴史を連想させるためか、この呼称を嫌うカトリック信徒も少なくない。
カルメラ(caramelo):語源はポルトガル語の「甘いもの」(caramelo)による。作るには砂糖を融かす熱源と砂糖を融かす型、そして攪拌するための割り箸や菜箸のような棒があればよい。材料は水・砂糖・重曹(膨らし粉)である。/作り方は単純で、ザラメまたは赤砂糖(三温糖)に少量の水を加え加熱して融かし、重曹を加えて手早くかき混ぜ、炭酸ガスで発泡したところで、冷やしながら軽石状に固めたものである。古くは重曹の代わりに卵白を用いていた。ただ、砂糖と水の分量や、火から下ろすタイミング次第では失敗することがある。冷やす際には、水に濡らしたタオルの上に形を押し当てながら、溶けた砂糖が発泡状態のまま固まるようにさせればよい。/発泡させた飴のようなモノでもあり、サクサクした歯応えと濃厚な甘さ、加えてカラメルのような砂糖の焦げた風味がある。
カルタ(carta):語源はポルトガル語だが、同様の遊戯は日本とポルトガルとの接触前からあったものと考えられている。元々は、平安時代の二枚貝の貝殻をあわせる遊び「貝覆い(貝合せ)」である。これとヨーロッパ由来のカードゲームが融合し、元禄時代頃に今日の遊び方となったという。/その名称はポルトガル語で手紙、あるいは紙板状のもの、トランプなどを意味するcartaに由来する。/元々はトランプなどのカードゲーム一般を指した。現代日本では、花札か、読み札にあわせた絵札をとってその枚数を競う競技を意味するようになった。
カステラ(pao de Castella):鶏卵を泡立てて小麦粉、砂糖(水飴)を混ぜ合わせた生地をオーブンで焼いた菓子のひとつ。/名前の由来は一般的にはスペインのカスティーリャ王国(Castilla)のポルトガル語発音であるカステーラ(Castela)と言われている。また、異説として、カステラ製造過程でのメレンゲを作る際、高く高く盛り上げる時「お城(castelo)のように高くなれ!」と言ったことから、カステロ=カステラ、となったという説もある。いずれにせよ、パン・デ・カスティーリャ(pão de Castela、カスティーリャ地方のパン)や、ビスコチョ(元は乾パン状の船乗りの保存食だったが、16世紀末頃、柔らかく焼き上げるレシピが生まれている)が由来とされる。ポルトガルの焼菓子であるパン・デ・ロー(pão de ló)が製法的に似ていることから、こちらを始祖とする説も有力である。また、これらの原型は、中国の点心の一つであり、マレーの地名を関する「馬拉糕」や、沖縄の「鶏卵糕(ちいるんこう)」と呉方言のような読みをする蒸しカステラ類と共通する可能性も考えられる。/一般的な説では16世紀の室町時代末期に、ポルトガルの宣教師によって平戸や長崎に伝えられたとされる。当初のカステラは鶏卵、小麦粉、砂糖で作った簡素なものであり、ヨーロッパの菓子類としては珍しく乳製品を用いないことから、乳製品を生産、常用しない当時の日本にも残ることができた。カステラの製造に重要なオーブンは当時の日本には存在せず、オーブンに代替する天火として、引き釜という炭火を用いる日本独自の装置が考案された。
ミイラ(mirra ):木乃伊(ミイラ)とは、人為的加工ないし自然条件によって乾燥され、長期間原型を留めている死体のことである。/日本語の「ミイラ」は16~17世紀にポルトガル人から採り入れた言葉のひとつで、ポルトガル語の mirra は元来「没薬」を意味するものであった。 「ミイラ」への転義の詳しい経緯はつまびらかでないが、没薬がミイラの防腐剤として用いられた事実、また洋の東西を問わず“ミイラ薬”(ミイラの粉末)が不老長寿の薬として珍重された事実があることから、一説に、“ミイラ薬”(の薬効)と没薬(の薬効)との混同があったという。
中東シリアの内戦が泥沼の状態に陥っているらしい。今朝のウェブニュースより
【内戦続くシリア】大国の利害絡む中東の国 国連監視団は解散 ―― アサド政権と反体制派との内戦が続くシリアで、日本人女性ジャーナリストが銃撃戦に巻き込まれ死亡した。大国の利害が複雑に絡み合い、内線終結の糸口すら見えないシリア情勢。彼女が伝えようとした中東の国の状況とは…。
【山陽新聞】<社説>
[社説]シリア監視団解散 停戦へ粘り強く糸口探れ ―― シリアの和平実現に大きな痛手である。国連シリア監視団(UNSMIS)の派遣期限が切れ、解散した。アサド政権と反体制派間の停戦発効を受けて派遣されたものの、武力衝突の激化で停戦監視活動は中止を余儀なくされ、役割を果たせぬまま4カ月で撤退に追い込まれた。/4月に派遣された監視団は、シリア問題で国連とアラブ連盟の合同特使を務めるアナン前国連事務総長が提案した停戦の履行を監視するのが目的だった。当初は効果が見られたが、戦闘の激化で監視団の車両が銃撃を受けるといった事態まで起きていた。/こうした中で6月に本格的な活動を停止した。任期切れとなった7月20日に期限の30日間延長を決め、事態を見守ってきたが状況は好転しなかった。監視団から犠牲者が出かねない状況のため撤退はやむを得ないが、そもそも非武装の要員約300人と言う態勢に限界があったことは否めない。国連平和維持活動〔PKO〕の歴史に残る失敗と言わざるを得ない。/シリアの混迷を深めた一因には国際社会の結束の乱れがある。国連安全保障理事会は弾圧を続けるアサド大統領の退陣を求める対シリア決議などを3度にわたって否決した。シリアと友好関係にあるロシアと中国が拒否権を行使したためだ。両国には重い責任がある。安保理が機能不全を克服しなくては今後も事態の打開は見通せまい。/イスラム教の宗派対立に根差す周辺国の対応も状況を複雑にしている。シーア派国家のイランがアサド政権を、スンニ派のサウジアラビアなどが反体制派を援助し、武器の調達などを支えているからだ。また、反体制派も一枚岩ではなく、各グループに特定の支援国がついている。一致結束して政権との交渉に向き合える状況にないこともマイナスに働いている。/監視団の解散を受け、国連は文民中心の連絡事務所を設置し、辞任するアナン氏の後任にブラヒミ元国連アフガニスタン特別代表が就く。新体制を国際社会が結束して支えていかねばならない。犠牲者をこれ以上増やさぬために、欧米諸国はアサド政権とより柔軟に向き合うことも状況に応じて必要となろう。/日本や欧米、アラブ諸国など有志国は「シリアの友人」会合を開き、手詰まり状況の打破を目指している。欧米と対立するロシアは、安保理の5常任理事国とシリア周辺国で構成する「連絡調整グループ」の大使級会合を呼び掛けた。さまざまなチャンネルを通して各国が解決の糸口を粘り強く探っていくほかない。/ 昨年3月に反政府デモが本格化して以来、シリア国内の死者は2万人に達するともいわれ、約25万人の難民が発生した。泥沼化する内戦状態を放置しておくわけにはいかない。監視団の失敗を踏まえ、国際社会の協調と責任ある行動があらためて求められる。 (山陽新聞 2012年8月21日)
■シリアで邦人女性記者死亡 山本美香さんと確認■
【カイロ共同】内戦状態のシリア北部アレッポで20日、反体制武装組織「自由シリア軍」に同行して現地を取材していた日本人女性ジャーナリスト、 山本美香さん(45)が銃撃戦に巻き込まれ、死亡した。藤村修官房長官が21日の記者会見で発表した。/昨年3月にシリアで反政府デモが本格化して以降、日本人が戦闘の犠牲になったのは初めて。藤村氏は「極めて遺憾だ。このような行為を強く非難する」と述べた。山本さんはアサド政権側の部隊に銃撃された可能性がある。/日本の外務省や在トルコ日本大使館の当局者によると、山本さんの遺体は20日夜、トルコ南部キリスの病院に搬送された。山本さんと行動を共にし、遺体を見た 佐藤和孝さんが同大使館関係者に対し、本人に間違いないと説明したという。/山本さんと佐藤さんは独立系メディア、ジャパンプレスに所属し、紛争地取材で知られるジャーナリスト。ジャパンプレスのホームページによると、2人はシリアでの取材結果を日本テレビの番組で報告していた。/英国に拠点を置くシリア人権監視団によると、山本さんが亡くなったのはアレッポのスレイマン・ハラビ地区。佐藤さんが山本さんの家族らに伝えたところでは、前方からやって来た迷彩服の一団が20~30メートルの距離から銃を乱射。首への銃撃が致命傷になったという。/監視団によると、一緒に行動していたレバノン人やトルコ人ジャーナリストら3人も行方不明になった。迷彩服の一団は政権側部隊の可能性があり、この3人も同部隊に拘束されたとの情報がある。/家族によると、山本さんは1967年、山梨県都留市生まれ。都留文科大卒。アフガニスタンやイラクなど世界の紛争地を取材、2003年度のボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受賞した。
■アレッポ■ 首都ダマスカスに次ぐシリアの代表的都市。人口約550万人。同国北部のトルコとの国境に近く、古くから交易の拠点として栄えた。アサド政権の北部の牙城。7月に政権側の軍部隊と反体制武装組織「自由シリア軍」の戦闘が本格化。反体制派は同月下旬から本格攻勢をかけ、市内の一部を掌握。政府軍は連日、反体制派拠点に砲撃や空爆で反撃している。 (2012年8月21日、共同通信) 47NEWS 2012
【内戦続くシリア】大国の利害絡む中東の国 国連監視団は解散 ―― アサド政権と反体制派との内戦が続くシリアで、日本人女性ジャーナリストが銃撃戦に巻き込まれ死亡した。大国の利害が複雑に絡み合い、内線終結の糸口すら見えないシリア情勢。彼女が伝えようとした中東の国の状況とは…。
[社説]シリア監視団解散 停戦へ粘り強く糸口探れ ―― シリアの和平実現に大きな痛手である。国連シリア監視団(UNSMIS)の派遣期限が切れ、解散した。アサド政権と反体制派間の停戦発効を受けて派遣されたものの、武力衝突の激化で停戦監視活動は中止を余儀なくされ、役割を果たせぬまま4カ月で撤退に追い込まれた。/4月に派遣された監視団は、シリア問題で国連とアラブ連盟の合同特使を務めるアナン前国連事務総長が提案した停戦の履行を監視するのが目的だった。当初は効果が見られたが、戦闘の激化で監視団の車両が銃撃を受けるといった事態まで起きていた。/こうした中で6月に本格的な活動を停止した。任期切れとなった7月20日に期限の30日間延長を決め、事態を見守ってきたが状況は好転しなかった。監視団から犠牲者が出かねない状況のため撤退はやむを得ないが、そもそも非武装の要員約300人と言う態勢に限界があったことは否めない。国連平和維持活動〔PKO〕の歴史に残る失敗と言わざるを得ない。/シリアの混迷を深めた一因には国際社会の結束の乱れがある。国連安全保障理事会は弾圧を続けるアサド大統領の退陣を求める対シリア決議などを3度にわたって否決した。シリアと友好関係にあるロシアと中国が拒否権を行使したためだ。両国には重い責任がある。安保理が機能不全を克服しなくては今後も事態の打開は見通せまい。/イスラム教の宗派対立に根差す周辺国の対応も状況を複雑にしている。シーア派国家のイランがアサド政権を、スンニ派のサウジアラビアなどが反体制派を援助し、武器の調達などを支えているからだ。また、反体制派も一枚岩ではなく、各グループに特定の支援国がついている。一致結束して政権との交渉に向き合える状況にないこともマイナスに働いている。/監視団の解散を受け、国連は文民中心の連絡事務所を設置し、辞任するアナン氏の後任にブラヒミ元国連アフガニスタン特別代表が就く。新体制を国際社会が結束して支えていかねばならない。犠牲者をこれ以上増やさぬために、欧米諸国はアサド政権とより柔軟に向き合うことも状況に応じて必要となろう。/日本や欧米、アラブ諸国など有志国は「シリアの友人」会合を開き、手詰まり状況の打破を目指している。欧米と対立するロシアは、安保理の5常任理事国とシリア周辺国で構成する「連絡調整グループ」の大使級会合を呼び掛けた。さまざまなチャンネルを通して各国が解決の糸口を粘り強く探っていくほかない。/ 昨年3月に反政府デモが本格化して以来、シリア国内の死者は2万人に達するともいわれ、約25万人の難民が発生した。泥沼化する内戦状態を放置しておくわけにはいかない。監視団の失敗を踏まえ、国際社会の協調と責任ある行動があらためて求められる。 (山陽新聞 2012年8月21日)
【カイロ共同】内戦状態のシリア北部アレッポで20日、反体制武装組織「自由シリア軍」に同行して現地を取材していた日本人女性ジャーナリスト、 山本美香さん(45)が銃撃戦に巻き込まれ、死亡した。藤村修官房長官が21日の記者会見で発表した。/昨年3月にシリアで反政府デモが本格化して以降、日本人が戦闘の犠牲になったのは初めて。藤村氏は「極めて遺憾だ。このような行為を強く非難する」と述べた。山本さんはアサド政権側の部隊に銃撃された可能性がある。/日本の外務省や在トルコ日本大使館の当局者によると、山本さんの遺体は20日夜、トルコ南部キリスの病院に搬送された。山本さんと行動を共にし、遺体を見た 佐藤和孝さんが同大使館関係者に対し、本人に間違いないと説明したという。/山本さんと佐藤さんは独立系メディア、ジャパンプレスに所属し、紛争地取材で知られるジャーナリスト。ジャパンプレスのホームページによると、2人はシリアでの取材結果を日本テレビの番組で報告していた。/英国に拠点を置くシリア人権監視団によると、山本さんが亡くなったのはアレッポのスレイマン・ハラビ地区。佐藤さんが山本さんの家族らに伝えたところでは、前方からやって来た迷彩服の一団が20~30メートルの距離から銃を乱射。首への銃撃が致命傷になったという。/監視団によると、一緒に行動していたレバノン人やトルコ人ジャーナリストら3人も行方不明になった。迷彩服の一団は政権側部隊の可能性があり、この3人も同部隊に拘束されたとの情報がある。/家族によると、山本さんは1967年、山梨県都留市生まれ。都留文科大卒。アフガニスタンやイラクなど世界の紛争地を取材、2003年度のボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受賞した。
近いうちというだけで、解散も決まっていないというのに今から、選挙予測とは気が早い。今朝のウェブニュースより、
衆院選“注目の25選挙区”最新情勢!“絶縁状”小沢は当確も… ―― 「社会保障と税の一体改革」関連法が成立したことで、永田町の関心は、衆院解散・総選挙に集約されてきた。香港の民間団体活動家による沖縄・尖閣諸島上陸など、日本の主権を侵害する事件が続発するなか、野田佳彦首相が「近いうちに」と約束した解散に追い込まれれば、どうなるのか。政治評論家の小林吉弥氏による政党別獲得議席予測では、大阪市の橋下徹市長率いる「大阪維新の会「維新」」が110議席で大躍進し、自民党も192議席で第1党になるが、民主党は99議席まで落ち込む大惨敗となった。注目の25選挙区の最新情勢に迫った。/「都市部を中心に、維新の勢いがすさまじい。候補者すら決まっていないのに、世論調査や選挙区情報を分析すると、現職閣僚や閣僚経験者、民主党幹部らをリードしたり、肉薄している」
小林氏はこう語る。今回取り上げたのは25選挙区。やはり、注目は維新旋風だ。/以前から、民主党の藤村修官房長官(大阪7区)や、辻元清美元国交副大臣「同10区」、樽床伸二幹事長代行(同12区)らの苦戦は伝えられてきた。今回、自民党の野田聖子元郵政相(岐阜1区)と、小池百合子元防衛相(東京10区)も之に加わった。/小林氏は「近畿での維新の勢いは言うまでもないが、関東や中部地方にも確実に浸透している。野田氏も小池氏も『日本初の女性宰相』という期待はしぼんできている。民主、自民両党など既成政党への不満や不信が高まるなか、維新が気の利いた候補を擁立すれば『現職閣僚』や『閣僚経験者』『党幹部』といった肩書は無意味だ」という。/小沢一郎代表率いる新党「国民の生活が第一」は、国民的人気の高い維新との連携を熱望しているが、党内で明暗がはっきりしている。/陸山会裁判や和子夫人の離縁状問題が直撃して、選挙地盤の危機もささやかれた小沢氏(岩手4区)は「当確」となったが、側近の東祥三幹事長(東京15区)や、山岡賢次前国家公安委員長(栃木4区)、小沢ガールズの太田和美(福島2区)、青木愛(東京12区)両衆院議員らは、厳しい選挙戦を強いられそうだ。/「小沢氏は逆風で組織が固まった。父親の代から築き上げた選挙地盤は強く、ダブルスコア勝利もあり得る。一方、東、山岡両氏はもともと選挙が弱いうえ、対立候補が激しく巻き返している。太田、青木両氏も風頼りでは厳しい。特に、スキャンダルを引きずる青木氏は勝負になりそうもない」(小林氏)/政党別獲得議席予測で、民主党は2ケタまで落ち込んだ。野田首相にも問題はあるが、ここまで党を凋落させた“A級戦犯”といえば、鳩山由紀夫元首相(北海道9区)と、菅直人前首相(東京18区)だろう。/鳩山氏は政権交代こそ成し遂げたが、愚挙妄言を繰り返し、日米関係を揺るがせた。菅氏は、尖閣沖中国漁船衝突事件で弱腰外交を見せつけ、東日本大震災や福島原発事故の対応では後手後手に回った。/「鳩山氏の選挙区には、スピードスケート五輪銅メダリストの堀井学氏が出馬表明した。苦戦情報もあるが、基礎票で差がある。民主党にとどまる限り優勢だろう。ただ、歌手の松山千春が出馬すればアウトだ」/「菅氏の震災対応に対する失望感は強いが、自民党の土屋氏にも勢いがない。無党派層が多い選挙区だけに、高齢「70歳」の土屋氏に期待感が高まっていない。やはり『前首相』という肩書には重みがある」
民主党の現職閣僚や閣僚経験者、著名議員が危ない。
鹿野道彦前農水相(山形1区)や、海江田万里元経産相(東京1区)、中井洽元国家公安委員長(三重1区)、山田正彦元農水相(長崎3区)、福田衣里子衆院議員(同2区)、田名部匡代衆院議員(青森3区)らは「▲=苦戦も逆転の余地あり」だ。/小林氏は「民主党の基礎体力が相当弱っている。鹿野、海江田、中井、山田各氏はいずれも厳しい。海江田氏の東京1区に、宮崎県の東国原英夫前知事が出馬すれば、絶望的だ。福田、田名部両氏にも追い風はない。九州は『保守回帰』の傾向が出ている。『△=優勢』とした安住淳財務相(宮城5区)や、田中真紀子元外相(新潟5区)、民主党出身の横路孝弘衆院議長(北海道1区)も地盤が崩れてきており、決して安泰ではない」という。/このほか、与野党関係なく、注目選挙区となりそうなのが、「石川2区」と「兵庫8区」「徳島3区」「高知1区」だ。/「森喜朗元首相が引退表明した石川2区は、後継候補による初陣で強い。スキャンダルを抱える民主党の田中美絵子衆院議員では歯が立たない。新党日本の田中康夫代表の兵庫8区は、維新と公明党の選挙協力でほぼ決まった。写真週刊誌に激写された自民党の後藤田正純衆院議員の徳島3区は、後藤田氏が危機感を持って組織固めをした効果が出ている。高知1区では、元県知事の橋本大二郎氏が雪辱を晴らすムードだ」(小林氏)/あくまで、こうした情勢は現時点でのもの。今後の永田町情勢次第では、結果は大きく変わる余地を残している。 〔zakzak 2012.08.20〕
小林氏はこう語る。今回取り上げたのは25選挙区。やはり、注目は維新旋風だ。/以前から、民主党の藤村修官房長官(大阪7区)や、辻元清美元国交副大臣「同10区」、樽床伸二幹事長代行(同12区)らの苦戦は伝えられてきた。今回、自民党の野田聖子元郵政相(岐阜1区)と、小池百合子元防衛相(東京10区)も之に加わった。/小林氏は「近畿での維新の勢いは言うまでもないが、関東や中部地方にも確実に浸透している。野田氏も小池氏も『日本初の女性宰相』という期待はしぼんできている。民主、自民両党など既成政党への不満や不信が高まるなか、維新が気の利いた候補を擁立すれば『現職閣僚』や『閣僚経験者』『党幹部』といった肩書は無意味だ」という。/小沢一郎代表率いる新党「国民の生活が第一」は、国民的人気の高い維新との連携を熱望しているが、党内で明暗がはっきりしている。/陸山会裁判や和子夫人の離縁状問題が直撃して、選挙地盤の危機もささやかれた小沢氏(岩手4区)は「当確」となったが、側近の東祥三幹事長(東京15区)や、山岡賢次前国家公安委員長(栃木4区)、小沢ガールズの太田和美(福島2区)、青木愛(東京12区)両衆院議員らは、厳しい選挙戦を強いられそうだ。/「小沢氏は逆風で組織が固まった。父親の代から築き上げた選挙地盤は強く、ダブルスコア勝利もあり得る。一方、東、山岡両氏はもともと選挙が弱いうえ、対立候補が激しく巻き返している。太田、青木両氏も風頼りでは厳しい。特に、スキャンダルを引きずる青木氏は勝負になりそうもない」(小林氏)/政党別獲得議席予測で、民主党は2ケタまで落ち込んだ。野田首相にも問題はあるが、ここまで党を凋落させた“A級戦犯”といえば、鳩山由紀夫元首相(北海道9区)と、菅直人前首相(東京18区)だろう。/鳩山氏は政権交代こそ成し遂げたが、愚挙妄言を繰り返し、日米関係を揺るがせた。菅氏は、尖閣沖中国漁船衝突事件で弱腰外交を見せつけ、東日本大震災や福島原発事故の対応では後手後手に回った。/「鳩山氏の選挙区には、スピードスケート五輪銅メダリストの堀井学氏が出馬表明した。苦戦情報もあるが、基礎票で差がある。民主党にとどまる限り優勢だろう。ただ、歌手の松山千春が出馬すればアウトだ」/「菅氏の震災対応に対する失望感は強いが、自民党の土屋氏にも勢いがない。無党派層が多い選挙区だけに、高齢「70歳」の土屋氏に期待感が高まっていない。やはり『前首相』という肩書には重みがある」
鹿野道彦前農水相(山形1区)や、海江田万里元経産相(東京1区)、中井洽元国家公安委員長(三重1区)、山田正彦元農水相(長崎3区)、福田衣里子衆院議員(同2区)、田名部匡代衆院議員(青森3区)らは「▲=苦戦も逆転の余地あり」だ。/小林氏は「民主党の基礎体力が相当弱っている。鹿野、海江田、中井、山田各氏はいずれも厳しい。海江田氏の東京1区に、宮崎県の東国原英夫前知事が出馬すれば、絶望的だ。福田、田名部両氏にも追い風はない。九州は『保守回帰』の傾向が出ている。『△=優勢』とした安住淳財務相(宮城5区)や、田中真紀子元外相(新潟5区)、民主党出身の横路孝弘衆院議長(北海道1区)も地盤が崩れてきており、決して安泰ではない」という。/このほか、与野党関係なく、注目選挙区となりそうなのが、「石川2区」と「兵庫8区」「徳島3区」「高知1区」だ。/「森喜朗元首相が引退表明した石川2区は、後継候補による初陣で強い。スキャンダルを抱える民主党の田中美絵子衆院議員では歯が立たない。新党日本の田中康夫代表の兵庫8区は、維新と公明党の選挙協力でほぼ決まった。写真週刊誌に激写された自民党の後藤田正純衆院議員の徳島3区は、後藤田氏が危機感を持って組織固めをした効果が出ている。高知1区では、元県知事の橋本大二郎氏が雪辱を晴らすムードだ」(小林氏)/あくまで、こうした情勢は現時点でのもの。今後の永田町情勢次第では、結果は大きく変わる余地を残している。 〔zakzak 2012.08.20〕
漢字の中でも読みにくいものが当て字である。これは音にも訓にもない読みを当てているのだから、まともに考えているとなかなか思いつかない。しかし、当て字にもそれなりの法則のようなものがあって、漢語に同じ意味のやまとことばを読みとして当てたもの等がある。
七夕(たなばた)・老舗(しにせ)・火傷(やけど)・紅葉(もみじ)・一昨日(おととい)・丈夫(ますらお)・生業(なりわい)・黒子(ほくろ)・梅雨(つゆ)・黄昏(たそがれ)・黄泉(よみ)・陽炎(かげろう)・曾孫(ひまご)・狼煙(のろし)などは、シチセキ・ロウホ・カショウ・コウヨウ・イッサクジツ・ジョウブ・セイギョウ・コクシ・バイウ・コウコン・コウセン・ヨウエン・ソウソン・ロウエンのように音読みもできる。生活に密着した気象を表す漢語には、やまとことばを当てたものが多い。東風(こち)・南風(はえ)・時雨(しぐれ)・東雲(しののめ)・疾風(はやて)などがある。
名詞以外の副詞や形容動詞にも昔の文人はぴたりと合ったやまとことばを当てて読んでいた。例えば只管は「シカン」と読み、ただそのことだけに心を用いる意で、禅宗ではただ只管(ひたすら)に座禅をすることを『只管打坐』というが、やまとことばではこの只管を「ひたすら」と読むことにしたのである。
物事をいい加減にするという意味のことばに「等閑(等間)」がある。これは「トウカン」と読み、「等閑視する」「等閑に付す」のように使われるが、やまとことばではこの等閑に「なおざり」という読みをあたえている。
「閑話休題」を「ここからは余談ですが」「ところで」「話は変わって」という意味で使用する人が多くみられる。実際の使い方は、本筋から脇道に入る為に使用する言葉ではなく、脇道から本筋に話題を戻す為に用いる接続詞的な言葉である。「閑話」は「無駄な話」、「休題」とは「それまでの話題を中止すること」である。だから、この閑話休題には「それはさておき」という読みあたえるのである。なお、閑話、または休題をどちらも「さて」と読ませる場合もある。
「加之」は漢文調で読むと返り点を考えて「之(これ)に加(くわ)うるに」で、そればかりでなくの意であるが、「しかのみならず」の読みを与えているのである。また、遮莫は「遮(さえぎ)るもの莫(な)し」で、どうであろうとままよという意であるが、これも「さもあらばあれ」と読む。
当て字の熟語と同じ字を書く漢語があるが、指しているものが全然違う場合もある。「東雲」は漢語では文字通り「東の雲」の音であるが、これに「しののめ」というやまとことばの読みを当てると「明け方」の意味になる。また、「時鳥」をジチョウと読み、時節に応じてなく鳥をさすが、我が国ではこれに「ほととぎす」の読みを与える。「ほととぎす」は他に、杜鵑、霍公雀、子規、杜宇、不如帰、沓手鳥、蜀魂とも書く。時の付く熟語に「時雨」というのがある。「しぐれ」と読めば、晩秋から初冬にかけて降るとおり雨のことになるが、漢語ではこれを「ジウ」と読んで、ちょうどよいときに降る雨の意に使う。
中国から伝わった漢語ではなく、やまとことばにそれらしい漢字を当てて造った熟語もある。例えば「徒花(あだばな)」は、咲いても実を結ばない花のことで、「あだ」というやまとことばに、「いたずらに」「むだに」といういみのある「徒」を当てたものである。「徒」を「アダ」と読むものには他に、「徒事」、「徒桜」、「徒名」、「徒情け」、「徒波」がある。音読みにも訓読みにもそんな読み方はないが、ながめているとそれらしい漢字がしてくるものである。皆さんはいくつよめるかな? 飛白、煙管、白湯、白粉、山葵、土筆、秋刀魚、祝詞 等など。
そのものの持っている性質等から字の当てられたものもある。たとえば、無花果(いちじく)は勿論花は咲くのだが、外から見ると花が見当たらないまま果実ができることから、この字が当てられたもの。ユリ科の多年生植物で、いつも青々としていることから付けられた万年青(おもと)、紅い花が長く咲き続けることから名前の付いた百日紅(サルスベリ)。これは「ヒャクジツコウ」とも読むが、幹の皮が滑らかなので猿でさえも滑るとついたが、「さるなめり」ともいう。馬酔木(あしび)は花は可愛らしいが茎や葉には毒があり、牛や馬が食べると体が麻痺することから、馬が酔う木と書いて「馬酔木(あしび)」と読む。「あせび」ともいう。向日葵(ひまわり)は太陽を追って花が廻ると考えられいたことから付けられたが、実際にはほとんど動かないと言う。しかも、アオイ科ではなくキク科の植物で、いわば誤った情報から当てられた字である。
最近はカタカナで表すことが多いが、アヒルは「家鴨」と書く。アヒルというのはマガモを飼いならしたもので、要するに「家畜化した鴨」なのである。
人間に関する言葉にも面白い由来をもつものがある。「だて」というのは「立て」で、人目に立つようにする、といううのが元の意味であるが、それに「伊達」の字を当てるようになったのは、伊達家の家臣が華美だったからだと言う。「伊達男」は洒落者、侠客の代名詞となるものだから、まっこと男冥利にというべきか。もっとも、「伊達の薄者」というように単に見栄っ張りの意に用いられることもある。
当て字の代表格とも言われるものに、「流石(さすが)」がある。「さすが」は今では「やはり」「いかにも」の意に使われることが多いが、もとは「そうはいうものの」「それでもやはり」という意味を持っていた。そのためらう気持ちを、小石が淀みながら急流を流れる様子にたとえたというのが一つの説である。
中国晋の孫楚〔そんそ、生年不詳 - 293年〕が、本来なら「石に枕し流れに漱ぐ(俗世間を離れ、人里離れたところで自由に暮らす)」と言うべきところを「石に漱ぎ流れに枕す」と言い誤ってしまったとき、友人の王済にからかわれた。すると負けん気の強い孫楚は、「流れに枕するのは俗事を聞いて汚れた耳をすすぐためであり、石に漱ぐのは歯を磨くためだ」とこじつけたという故事に基づく。この孫楚の言い逃れが余りにうまかったので、人々が「さすが!」感心したことから、流石を「さすが」と読むようになったというのである。又このことから、負け惜しみの強いこと、ひどいこじ付けを「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」というようになったという。ちなみに、「夏目漱石」という雅号は、この故事に由来する。
※孫子荊年少時欲隱、語王武子「當枕石漱流」、誤曰「漱石枕流」。王曰:「流可枕、石可漱乎?」孫曰:「所以枕流、欲洗其耳;所以漱石、欲礪其齒。」 世説新語 排調篇より
〔訳〕孫子荊は若い頃、隠遁の志があった。王武子に「石に枕し、流れに漱ぐ」といおうと思いながら、誤って「石に漱ぎ、流れに枕す」といってしまった。/王武子は言った。「流れを枕にしたり、石に漱いだりできるだろうか」/「流れを枕するのは、耳を洗うためだ。石に漱ぐのははをみがくためだ」
「三和土」は字面かせもても音を考えても、なぜこれが「たたき」と読むのか判らない。これは実は土間に塗るつちの作り方を表したもので、石灰・赤土・砂利の三つを和(あ)えた土に苦汁(にがり)を混ぜたものだから「三和土」と書く。それを「タタキ」というのは、水で練って土間に塗り、たたき固めるからである。
標縄、注連縄、七五三縄は3つとも「シメナワ」と読む。「標」は土地を占有するという印のことで、大和言葉を当ててシメとよむ。シメナワは神前、または神事を行なう場に不浄なものが出入りするのを禁ずるための印であり、これはことばの意味をあらわした字が用いられている。又、シメナワは水を注いで清め、つらねてはるもの。「注連縄」はそこから来た書き方。七五三縄は縄に垂らす藁の茎が七筋、五筋、三筋になっていることから来ている。
海という字は音読みで「カイ」、訓読みで「うみ」と読むが、それ以外にア、イ、ウ、エ、オすべての読みができるという珍しい漢字である。海女(アマ)、海豚(イルカ)、海胆(ウニ)、海老(エビ)、海髪(オゴノリ)という具合であるが、すべて当て字であるから海1字をアイウエオと詠むわけではない。つまり、海に関係あるものの名を書くとき、その音をもつ漢字を当てるのではなくて「海の○○」という書き方をしているのである。だから、海の豚=イルカと成るわけである。海の字を使った当て字は多く、海馬(とど)、海嘯(つなみ)、海鼠(なまこ)、海苔(のり)、海松(みる)などいろいろある。海の馬がトドなら河の馬は?之はイメージも音も合っていてカバ。フグは海の魚であるはあるが、なぜか河豚と書く。海と河が出た所で、山はどうだろうか? こちらは、山葵(わさび)、山羊(やぎ)、案山子(かかし)くらいであまり当て字には使われていない。
数字の付いた熟語にも本来の音からはとても想像のつかない読みをするものもある。四阿は「あずまや」と読む。日本庭園の小さな丘の上や池のほとりなどに設けられる休憩用の壁のない小屋のこと。「阿」には庇(ひさし)という意味があって四方に屋根を葺き下ろした建物であることからこう書くが、東屋、阿舎と書くこともある。網戸や殺虫剤のなかった頃は、夏が近くなるとどこからともなく現れて、家の中を我が物顔で飛び回る蝿はさぞ「五月蝿(うるさ)く」感ぜられたことだろう。「うるさい」といっても蝿の飛ぶ音が騒がしいということではなく、目の前をちらちらと通り過ぎるうっとおしさの方が不愉快だったのに違いない。「九十九折り」は「つづらおり」と読む。これは葛の蔓のように幾重にも折れ曲がった坂道のことで「葛折」とも書く。だからといって九十九髪は「つづらがみ」とは読まない。老女の白髪のことで九十九は百に一足りないことから、次百(つくもも)といい、それがつづまって「つぐも」となり、清音化して「つくもがみ」となった。百から一をを引いた白を意味することになり、イメージとして白髪を現すようになった。
※ 百年(ももとせ)に 一年(ひととせ)足らぬ 九十九髪
我を恋ふらし おもかげにおもかげに見ゆ 〔伊勢物語〕
胡座(あぐら)、胡桃(くるみ)、胡瓜(きゅうり)は、みんな胡の字がついているが読み方はみんな違う。この「胡」という字は外国の物を表す字なのである。中国とりわけ漢民族から見て外国、瑋民族という意味である。胡は秦や漢の時代には匈奴を、唐の時代には西域の異民族を指したが、やがて一般的に異民族をさすようになった。当時の中国というのは、自分の国は世界の中央に位置する文化国家で、周囲の国は文化の遅れた野蛮な国だとする中華思想で凝り固まっていたから、胡はいい意味ではなく、「野蛮な国」と言う意味である。そして、周囲の国から伝わったものや風俗にやたらと胡の字をつけた。つまり胡瓜は野蛮な国からきた瓜、胡座は足を組んで座る野蛮な外国風の座り方ということになる。これらの漢語に日本風の読み方をつけたので、ひどく読みにくい当て字になってしまったということである。外国産のものはどうも信用できないということなのか「胡散(うさん)臭い)「胡乱(うろん)な」というときもこの字を当てる。但し、これは当て字ではなく、胡の唐音読み「ウ」を当てたものである。
漢語ではないが、漢文の決まった言い回しに、やまとことばの読みを当てたものもある。「所謂」は返り点を打って読めば「いうところの」であり、「ゆわゆる」と読む。「所以」は ~をもって―する所 という意味で、理由、根拠、手段、目的等を表す。「故になり」の音便形「ゆえんなり」から、「ゆえん」と読む。「就中(なかんずく)」も、返り点を打って中に就くと読んだものが訛ったものだという。可愛いは返り点を打つと「愛す可し」で「かわいい」、可笑しいは「笑う可し」で「おかしい」と読む。ただし、古くは「かわいい」はかわいそうだ、ふびんだ、「おかしい」は趣がある、心引かれるの意味だったので、この書き方は言葉の意味が現代語に近くなって生まれたものかもしれない。
「似非・似而非」は「似て非なり」にやまとことばのエセを当てた。にせもの、つまらないもののこと。このようにちょっと判りにくいが、漢文の訓読調で読んでみるとわかるものも結構ある。「勿」は、~するなかれ、という意味だが、この字のついた熟語は多い。「勿論(もちろん)」は、「論ずる勿れ」で、「いうまでもなく」の意。「勿忘草」は「忘れる勿れ」で「わすれなぐさ」と読む。「勿来関」は、「来る勿れ」。だが、これは古語の「なプラスそ」の形。「春を忘るな」を「春な忘れそ」ということもあるが、それと同じで「な来そ」という形なのである。
七夕(たなばた)・老舗(しにせ)・火傷(やけど)・紅葉(もみじ)・一昨日(おととい)・丈夫(ますらお)・生業(なりわい)・黒子(ほくろ)・梅雨(つゆ)・黄昏(たそがれ)・黄泉(よみ)・陽炎(かげろう)・曾孫(ひまご)・狼煙(のろし)などは、シチセキ・ロウホ・カショウ・コウヨウ・イッサクジツ・ジョウブ・セイギョウ・コクシ・バイウ・コウコン・コウセン・ヨウエン・ソウソン・ロウエンのように音読みもできる。生活に密着した気象を表す漢語には、やまとことばを当てたものが多い。東風(こち)・南風(はえ)・時雨(しぐれ)・東雲(しののめ)・疾風(はやて)などがある。
名詞以外の副詞や形容動詞にも昔の文人はぴたりと合ったやまとことばを当てて読んでいた。例えば只管は「シカン」と読み、ただそのことだけに心を用いる意で、禅宗ではただ只管(ひたすら)に座禅をすることを『只管打坐』というが、やまとことばではこの只管を「ひたすら」と読むことにしたのである。
物事をいい加減にするという意味のことばに「等閑(等間)」がある。これは「トウカン」と読み、「等閑視する」「等閑に付す」のように使われるが、やまとことばではこの等閑に「なおざり」という読みをあたえている。
「閑話休題」を「ここからは余談ですが」「ところで」「話は変わって」という意味で使用する人が多くみられる。実際の使い方は、本筋から脇道に入る為に使用する言葉ではなく、脇道から本筋に話題を戻す為に用いる接続詞的な言葉である。「閑話」は「無駄な話」、「休題」とは「それまでの話題を中止すること」である。だから、この閑話休題には「それはさておき」という読みあたえるのである。なお、閑話、または休題をどちらも「さて」と読ませる場合もある。
「加之」は漢文調で読むと返り点を考えて「之(これ)に加(くわ)うるに」で、そればかりでなくの意であるが、「しかのみならず」の読みを与えているのである。また、遮莫は「遮(さえぎ)るもの莫(な)し」で、どうであろうとままよという意であるが、これも「さもあらばあれ」と読む。
当て字の熟語と同じ字を書く漢語があるが、指しているものが全然違う場合もある。「東雲」は漢語では文字通り「東の雲」の音であるが、これに「しののめ」というやまとことばの読みを当てると「明け方」の意味になる。また、「時鳥」をジチョウと読み、時節に応じてなく鳥をさすが、我が国ではこれに「ほととぎす」の読みを与える。「ほととぎす」は他に、杜鵑、霍公雀、子規、杜宇、不如帰、沓手鳥、蜀魂とも書く。時の付く熟語に「時雨」というのがある。「しぐれ」と読めば、晩秋から初冬にかけて降るとおり雨のことになるが、漢語ではこれを「ジウ」と読んで、ちょうどよいときに降る雨の意に使う。
中国から伝わった漢語ではなく、やまとことばにそれらしい漢字を当てて造った熟語もある。例えば「徒花(あだばな)」は、咲いても実を結ばない花のことで、「あだ」というやまとことばに、「いたずらに」「むだに」といういみのある「徒」を当てたものである。「徒」を「アダ」と読むものには他に、「徒事」、「徒桜」、「徒名」、「徒情け」、「徒波」がある。音読みにも訓読みにもそんな読み方はないが、ながめているとそれらしい漢字がしてくるものである。皆さんはいくつよめるかな? 飛白、煙管、白湯、白粉、山葵、土筆、秋刀魚、祝詞 等など。
そのものの持っている性質等から字の当てられたものもある。たとえば、無花果(いちじく)は勿論花は咲くのだが、外から見ると花が見当たらないまま果実ができることから、この字が当てられたもの。ユリ科の多年生植物で、いつも青々としていることから付けられた万年青(おもと)、紅い花が長く咲き続けることから名前の付いた百日紅(サルスベリ)。これは「ヒャクジツコウ」とも読むが、幹の皮が滑らかなので猿でさえも滑るとついたが、「さるなめり」ともいう。馬酔木(あしび)は花は可愛らしいが茎や葉には毒があり、牛や馬が食べると体が麻痺することから、馬が酔う木と書いて「馬酔木(あしび)」と読む。「あせび」ともいう。向日葵(ひまわり)は太陽を追って花が廻ると考えられいたことから付けられたが、実際にはほとんど動かないと言う。しかも、アオイ科ではなくキク科の植物で、いわば誤った情報から当てられた字である。
最近はカタカナで表すことが多いが、アヒルは「家鴨」と書く。アヒルというのはマガモを飼いならしたもので、要するに「家畜化した鴨」なのである。
人間に関する言葉にも面白い由来をもつものがある。「だて」というのは「立て」で、人目に立つようにする、といううのが元の意味であるが、それに「伊達」の字を当てるようになったのは、伊達家の家臣が華美だったからだと言う。「伊達男」は洒落者、侠客の代名詞となるものだから、まっこと男冥利にというべきか。もっとも、「伊達の薄者」というように単に見栄っ張りの意に用いられることもある。
当て字の代表格とも言われるものに、「流石(さすが)」がある。「さすが」は今では「やはり」「いかにも」の意に使われることが多いが、もとは「そうはいうものの」「それでもやはり」という意味を持っていた。そのためらう気持ちを、小石が淀みながら急流を流れる様子にたとえたというのが一つの説である。
中国晋の孫楚〔そんそ、生年不詳 - 293年〕が、本来なら「石に枕し流れに漱ぐ(俗世間を離れ、人里離れたところで自由に暮らす)」と言うべきところを「石に漱ぎ流れに枕す」と言い誤ってしまったとき、友人の王済にからかわれた。すると負けん気の強い孫楚は、「流れに枕するのは俗事を聞いて汚れた耳をすすぐためであり、石に漱ぐのは歯を磨くためだ」とこじつけたという故事に基づく。この孫楚の言い逃れが余りにうまかったので、人々が「さすが!」感心したことから、流石を「さすが」と読むようになったというのである。又このことから、負け惜しみの強いこと、ひどいこじ付けを「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」というようになったという。ちなみに、「夏目漱石」という雅号は、この故事に由来する。
※孫子荊年少時欲隱、語王武子「當枕石漱流」、誤曰「漱石枕流」。王曰:「流可枕、石可漱乎?」孫曰:「所以枕流、欲洗其耳;所以漱石、欲礪其齒。」 世説新語 排調篇より
〔訳〕孫子荊は若い頃、隠遁の志があった。王武子に「石に枕し、流れに漱ぐ」といおうと思いながら、誤って「石に漱ぎ、流れに枕す」といってしまった。/王武子は言った。「流れを枕にしたり、石に漱いだりできるだろうか」/「流れを枕するのは、耳を洗うためだ。石に漱ぐのははをみがくためだ」
「三和土」は字面かせもても音を考えても、なぜこれが「たたき」と読むのか判らない。これは実は土間に塗るつちの作り方を表したもので、石灰・赤土・砂利の三つを和(あ)えた土に苦汁(にがり)を混ぜたものだから「三和土」と書く。それを「タタキ」というのは、水で練って土間に塗り、たたき固めるからである。
海という字は音読みで「カイ」、訓読みで「うみ」と読むが、それ以外にア、イ、ウ、エ、オすべての読みができるという珍しい漢字である。海女(アマ)、海豚(イルカ)、海胆(ウニ)、海老(エビ)、海髪(オゴノリ)という具合であるが、すべて当て字であるから海1字をアイウエオと詠むわけではない。つまり、海に関係あるものの名を書くとき、その音をもつ漢字を当てるのではなくて「海の○○」という書き方をしているのである。だから、海の豚=イルカと成るわけである。海の字を使った当て字は多く、海馬(とど)、海嘯(つなみ)、海鼠(なまこ)、海苔(のり)、海松(みる)などいろいろある。海の馬がトドなら河の馬は?之はイメージも音も合っていてカバ。フグは海の魚であるはあるが、なぜか河豚と書く。海と河が出た所で、山はどうだろうか? こちらは、山葵(わさび)、山羊(やぎ)、案山子(かかし)くらいであまり当て字には使われていない。
※ 百年(ももとせ)に 一年(ひととせ)足らぬ 九十九髪
我を恋ふらし おもかげにおもかげに見ゆ 〔伊勢物語〕
胡座(あぐら)、胡桃(くるみ)、胡瓜(きゅうり)は、みんな胡の字がついているが読み方はみんな違う。この「胡」という字は外国の物を表す字なのである。中国とりわけ漢民族から見て外国、瑋民族という意味である。胡は秦や漢の時代には匈奴を、唐の時代には西域の異民族を指したが、やがて一般的に異民族をさすようになった。当時の中国というのは、自分の国は世界の中央に位置する文化国家で、周囲の国は文化の遅れた野蛮な国だとする中華思想で凝り固まっていたから、胡はいい意味ではなく、「野蛮な国」と言う意味である。そして、周囲の国から伝わったものや風俗にやたらと胡の字をつけた。つまり胡瓜は野蛮な国からきた瓜、胡座は足を組んで座る野蛮な外国風の座り方ということになる。これらの漢語に日本風の読み方をつけたので、ひどく読みにくい当て字になってしまったということである。外国産のものはどうも信用できないということなのか「胡散(うさん)臭い)「胡乱(うろん)な」というときもこの字を当てる。但し、これは当て字ではなく、胡の唐音読み「ウ」を当てたものである。
漢語ではないが、漢文の決まった言い回しに、やまとことばの読みを当てたものもある。「所謂」は返り点を打って読めば「いうところの」であり、「ゆわゆる」と読む。「所以」は ~をもって―する所 という意味で、理由、根拠、手段、目的等を表す。「故になり」の音便形「ゆえんなり」から、「ゆえん」と読む。「就中(なかんずく)」も、返り点を打って中に就くと読んだものが訛ったものだという。可愛いは返り点を打つと「愛す可し」で「かわいい」、可笑しいは「笑う可し」で「おかしい」と読む。ただし、古くは「かわいい」はかわいそうだ、ふびんだ、「おかしい」は趣がある、心引かれるの意味だったので、この書き方は言葉の意味が現代語に近くなって生まれたものかもしれない。
「似非・似而非」は「似て非なり」にやまとことばのエセを当てた。にせもの、つまらないもののこと。このようにちょっと判りにくいが、漢文の訓読調で読んでみるとわかるものも結構ある。「勿」は、~するなかれ、という意味だが、この字のついた熟語は多い。「勿論(もちろん)」は、「論ずる勿れ」で、「いうまでもなく」の意。「勿忘草」は「忘れる勿れ」で「わすれなぐさ」と読む。「勿来関」は、「来る勿れ」。だが、これは古語の「なプラスそ」の形。「春を忘るな」を「春な忘れそ」ということもあるが、それと同じで「な来そ」という形なのである。
今朝のウェブニュースより
香港活動家 尖閣上陸で分かった 米軍は日本を守らない! ―― 沖縄・尖閣諸島の魚釣島に上陸し、沖縄県警や海上保安庁が入管難民法違反容疑で逮捕した香港の活動家ら14人飲み柄が17日、入管当局に引き渡された。“既定路線”で、全員が午後、強制送還されるが、この事件であらためてハッキリしたのは、我が物顔で駐留している在日米軍が何の役にも立たないことである。
象徴的だったのは15日の米国務省のヌーランド報道官の会見だ。尖閣問題でゴタつく日中関係について質問されると、表情ひとつ変えず、「日中で解決してほしい。米国は、どちらの味方もしない」と突き放したのだ。/恐らく日本のメディアは、報道官から最低でも「懸念を持っている」との言質を引き出したかったのだろうが、到底、ムリな話である。/「尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた10年9月、ヒラリー国務長官と会談した前原外相は、『(ヒラリーが)尖閣は日米安保の対象と明言した』と明かしたが、米国務省のスポークスマンは、すぐにヒラリー発言を修正。『尖閣の領有問題については立場を明らかにしない』とクギを刺し、米国は尖閣防衛の意思ナシ――という姿勢を鮮明にしています。そもそも尖閣や竹島、北方領土で領有権をめぐる争いが起きているのは、米国が占領を解く際に“火ダネ”として意図的に曖昧にしたのが原因。日韓中ロが親密になれば、米国にとって脅威になりますからね。米国がわざわざ尖閣問題の解決に乗り出すはずがありません」(外交ジャーナリスト)
<緊張高まるほど「オスプレイが必要」皮算用>
尖閣は72年、米国から沖縄と一緒に返還されたが、米国は当時から「行政権」の返還であり、「領有権」は日中間で解決して欲しい――というスタンス。今もそれは変わっていない。元外務省国際情報局長で作家の孫崎享氏はこう言う。/「米国は日本国内で尖閣問題の緊張感が高まることを期待しているのでしょう。高まるほど在日米軍が必要――とされるからです。しかし、米軍は日本のために中国と戦争する気は全くありません。日米安保条約では、島しょ部の防衛は日本の自衛隊が担うとされている上、条約上の義務が発生するのは管轄下(領有権)に限られているからです」/米国は、尖閣が日本のものでも中国のものでもどっちでもいい。望んでいるのは一連の騒動によって、日本国内で「日米同盟は大事」の大合唱が起き、欠陥ヘリ「オスプレイ」の配備がスンナリいくことだ。日本の土地を、占領下のように自由に使えればいいと考えているのだ。 〔日刊ゲンダイ2012年8月17日 掲載〕
K女史から昨夜メールが入ったようだ、曰く、
「日高先生へ/こんばんは。Kのつぶやき「その5」です。
・形あるものはいつか壊れる:電力会社の今昔のトップ達がすっかり忘れてしまっている(忘れてしまっていた)概念の事。(まぁ原発推進は国の方針でもあったのでしょうが。。。)しかしながら、現場で身を粉にして働いておられる方々には心から感謝しています。
・メタンハイドレードについて:日本近海に眠るとされる、この膨大なエネルギー資源が国家という「強大な権力」によって近い将来、有効利用されることを切に願います。/勇気を持って提言して下さった方々のご苦労が必ず報われるはず! と私は信じています。
・生活習慣病について:本当に私の勝手な意見(戯れごと)ですが、、、 極論から言えば「早寝早起き腹八分目」と「適度な運動」が健康を維持するために必要だと思います。/なぜならば、神様が「人は比較的、飢餓には強く、欲張って食べると病気になる」ように作ったからです。/せっかく健康な体をさずかったのに、地球上の命(動植物)を必要以上にむさぼり食うから病気になるのです。/食物を大切に頂きながら、無理のない程度に運動する事を心がけたいものです。
毎回最後まで読んで下さりありがとうございます(*^_^*) Kより 」
※ methane hydrate (メタン ハイドレート)とは?:理論化学式(CH4・5。75H2O) 水分子が作る格子の空隙にメタン分子が入っている氷状の固体結晶。火を近づけるとメタンが燃えるため「燃える氷」と呼ばれることがある。/メタンハイドレートは低温・高圧で安定で、十分なメタンと水が存在している場所では、温度・圧力条件がそろえば生成する。シベリアなどの永久凍土層の下の地層や、海底面・海底面下の地層中に存在することが知られている。日本の領海内にも大量の分布が見込まれ、天然ガス資源として採掘する技術が確立すれば、エネルギー資源環境を一変させるものであるという。
象徴的だったのは15日の米国務省のヌーランド報道官の会見だ。尖閣問題でゴタつく日中関係について質問されると、表情ひとつ変えず、「日中で解決してほしい。米国は、どちらの味方もしない」と突き放したのだ。/恐らく日本のメディアは、報道官から最低でも「懸念を持っている」との言質を引き出したかったのだろうが、到底、ムリな話である。/「尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた10年9月、ヒラリー国務長官と会談した前原外相は、『(ヒラリーが)尖閣は日米安保の対象と明言した』と明かしたが、米国務省のスポークスマンは、すぐにヒラリー発言を修正。『尖閣の領有問題については立場を明らかにしない』とクギを刺し、米国は尖閣防衛の意思ナシ――という姿勢を鮮明にしています。そもそも尖閣や竹島、北方領土で領有権をめぐる争いが起きているのは、米国が占領を解く際に“火ダネ”として意図的に曖昧にしたのが原因。日韓中ロが親密になれば、米国にとって脅威になりますからね。米国がわざわざ尖閣問題の解決に乗り出すはずがありません」(外交ジャーナリスト)
<緊張高まるほど「オスプレイが必要」皮算用>
尖閣は72年、米国から沖縄と一緒に返還されたが、米国は当時から「行政権」の返還であり、「領有権」は日中間で解決して欲しい――というスタンス。今もそれは変わっていない。元外務省国際情報局長で作家の孫崎享氏はこう言う。/「米国は日本国内で尖閣問題の緊張感が高まることを期待しているのでしょう。高まるほど在日米軍が必要――とされるからです。しかし、米軍は日本のために中国と戦争する気は全くありません。日米安保条約では、島しょ部の防衛は日本の自衛隊が担うとされている上、条約上の義務が発生するのは管轄下(領有権)に限られているからです」/米国は、尖閣が日本のものでも中国のものでもどっちでもいい。望んでいるのは一連の騒動によって、日本国内で「日米同盟は大事」の大合唱が起き、欠陥ヘリ「オスプレイ」の配備がスンナリいくことだ。日本の土地を、占領下のように自由に使えればいいと考えているのだ。 〔日刊ゲンダイ2012年8月17日 掲載〕
K女史から昨夜メールが入ったようだ、曰く、
「日高先生へ/こんばんは。Kのつぶやき「その5」です。
・形あるものはいつか壊れる:電力会社の今昔のトップ達がすっかり忘れてしまっている(忘れてしまっていた)概念の事。(まぁ原発推進は国の方針でもあったのでしょうが。。。)しかしながら、現場で身を粉にして働いておられる方々には心から感謝しています。
・メタンハイドレードについて:日本近海に眠るとされる、この膨大なエネルギー資源が国家という「強大な権力」によって近い将来、有効利用されることを切に願います。/勇気を持って提言して下さった方々のご苦労が必ず報われるはず! と私は信じています。
・生活習慣病について:本当に私の勝手な意見(戯れごと)ですが、、、 極論から言えば「早寝早起き腹八分目」と「適度な運動」が健康を維持するために必要だと思います。/なぜならば、神様が「人は比較的、飢餓には強く、欲張って食べると病気になる」ように作ったからです。/せっかく健康な体をさずかったのに、地球上の命(動植物)を必要以上にむさぼり食うから病気になるのです。/食物を大切に頂きながら、無理のない程度に運動する事を心がけたいものです。
毎回最後まで読んで下さりありがとうございます(*^_^*) Kより 」
※ methane hydrate (メタン ハイドレート)とは?:理論化学式(CH4・5。75H2O) 水分子が作る格子の空隙にメタン分子が入っている氷状の固体結晶。火を近づけるとメタンが燃えるため「燃える氷」と呼ばれることがある。/メタンハイドレートは低温・高圧で安定で、十分なメタンと水が存在している場所では、温度・圧力条件がそろえば生成する。シベリアなどの永久凍土層の下の地層や、海底面・海底面下の地層中に存在することが知られている。日本の領海内にも大量の分布が見込まれ、天然ガス資源として採掘する技術が確立すれば、エネルギー資源環境を一変させるものであるという。
プロフィール
ハンドルネーム:
目高 拙痴无
年齢:
93
誕生日:
1932/02/04
自己紹介:
くたばりかけの糞爺々です。よろしく。メールも頼むね。
sechin@nethome.ne.jp です。
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